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ベクトルマン  作者: 連打
140/189

〔カナ編〕分からないのだ



「……」



チカチカと街灯が明滅している。頬に当たる風が僕の『真ん中』を冷却しているようで心地よい。

ずっしりとした疲労感で僕は芝生からケツが上げられずにいる。


「……」



なんだか知らないがイノシシとゴリの乱入により同窓会はメチャクチャになった。が、ざまあみろである。元より僕は過去の友好関係をムリクリ継続させる意味が分からない。僕にはそんなもの無いんだから意味以前の問題である。

掛け算出来ない者には因数分解は出来ないのだ。

泳げない者にはシンクロは無理なのだ。



「チョー痛そうじゃん……大丈夫なのコレ」



「あ……うん」



ユズキカナはどこぞのドラッグストアで買ってきた消毒液と包帯で僕の手の平をぐるぐる巻くことに勤しんでいる。

公園のベンチを陣取り傷口を洗うために自分のハンカチを水道で浸しては行ったり来たりを繰り返す人気モデル。

街灯の明かりに照らされ忙しなく踊る細い影。



「……」



ユズキカナもここにいる。

月も綺麗に出ているし結果オーライ。



「うわわ」



僕をクールダウンする風が包帯を巻き上げユズキカナは慌てて空を掻く。

なんとかここから『なかったこと』に出来ないもんかと思考を巡らせてみる。

つまんなかった今日をリセットし笑顔で明日を迎えたいと……そう思っていた。



この、ユズキカナの顔を見ているとそう思うのだ。



「ごめん周蔵……わたしのせいでこんな」



一体何度謝罪すれば気が済むのか。

僕はゴリに布団のように抱え上げられこの公園に到着するまでの間もユズキカナは僕を見上げ足早に追随しつつ謝罪を繰り返していた。



「……」



困る。

意味が分からない。なんで僕に謝っているんだろうかこのモデルは。なんだそのざっくりした眉間のシワは。そんなことでは人気落ちるんじゃないのか?おう?それともアレか、ギャップ萌え狙ってるのか?

収まりのいい完全美形に『あえての不完全』という不協和音を小さじ一杯隠し入れるという……あーあれだあれ、ワビとかサビとかそういうの狙ってるの!?マジで!?周到すぎるだろおい!!ユズキカナは笑い飯なの!?



「周蔵……あのさ」



「あ、あぁ……なんだかイジメられっこでごめんなさい」



「え?」



「ほ、ほら手汗」



僕は穴の開いてない方の手でユズキカナの手の平を握った。

未だ吹き出る汗。ブルブルである。

本来謝罪の必要に迫られるのは僕であるべきで、ユズキカナも良い思いはしなかったに違いない。



「なんか頭纏まらなくなってたんだ。ごめんなさい」



考えてみればユズキカナがあの場所に現れたのもヘタレ貴族の僕を心配しての行動だったんだろう。そして僕は想像通り醜態を晒し姉と筋肉に救われるというテイタラク。言い訳するのも心苦しいほどフルスイングでみっともない。

滑稽だ。

いや、もうウコッケイだった。



「違うんだ周蔵っ。わたし」



高級チキンの僕の手を握り返したユズキカナは搾り出すように言葉を吐き出す。うつむき汗も掻いているようだ。



「わたしさ……あのさ……」



「……」



じじ、と街灯がユズキカナの姿を心許無く揺らす。

んー。なかなかウマクいかない。すごく申し訳ない。

『なかったこと』ってハードル高いなあ、なんだよその切羽詰った感満載の顔は。手の穴は僕が好きでやったことなのにそんなに罪悪感ガッツリ着込まれると、もうどうしていいのやら。



「済んだ事にはあまり興味ないのよね」



そうそう、って。

ああ、やっと帰ってきた。

僕が助けてもらい公園までの道中、なんだかゴリとイノシシはずっと揉めていたのだ。決着としてコンビニでゴリに姉が食べ物を提供するという決に至り二人して姿を消していたのだが……まだ揉めているようだ。



「『二人連れて帰っていい?』『ダメ』『はい出番よー』って幾らなんでも交渉雑過ぎねえか?」



「暴れられて良かったじゃない。あと言っとくけど顔バレたのは自分の責任だと思うんだけど?」



「息できねんだよあれじゃ!」



「そりゃそうよ。ビニール被ってんだもの。知らなかった?」



ゴリとイノシシは野生の言語でなにやら言い争っていた。僕らの方へ歩を進めつつも威嚇合戦継続中。



「新木サンが『穏便に収める』って言ったんだぜ、あの新木古都が!俺の出番なんざある訳ねえって思うだろうがよ!高みの見物気分だったんだよ!」



「只の女子高生になに期待してるのよ梶君。私、か弱いのに」



「あいつらの顔見たら単にムカついただけだろ!絶対そうだろ!」



「怖かったのよ。思い出すだけで震えるわ。ああ怖い」



ゴリも嬉々として放り投げていたじゃないか。人間はバスケットボールじゃないのだからあんなふうにブン投げては常識を疑わざるを得ない。

がうがうとお互いアマガミを繰り返しつつも微笑ましい会話を繰り返すこの2人、野生の血がそうさせるのか息はぴったりである。



「おうイカレバカ!自分で手に穴あけたんだってな!バカか?そらあいつらもビビルよなあ、そんなバカ目の前に居たら怖くて仕方ねえ!」



僕らのベンチに到着するなりただ座っている僕に対して眼前でドラミングで威嚇してくるゴリ。なにやらウホウホ言ってるようだが生憎僕は野生じゃないからなに言ってんだか解らない。



「……カナ?大丈夫?」



イノシシは人語を解するスキル持ちのようで優しくユズキカナに声を掛ける。ユズキカナの様子がおかしいのを察知してベンチの横を陣取り顔を覗き込んでいた。



「うん……大丈夫」



そうは言ったもののやはりユズキカナはサイフを落としたサラリーマンのような表情を変えることはなかった。



「……」



僕はユズキカナの何も分からなかった。いつだってそうだ、僕は人の気持ちに疎い。分からないのだ。そして。


この日以降、ユズキカナは学校に出てこなくなる。

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