てめえの友達は鉄アレイだけだ!!
寝返りを打つ。そんな些細な事がこれほど困難な事だったとは。
「……」
自宅のベッドでの目覚めのひととき。これほど甘美で贅沢な時間を僕は楽しむどころか精神的苦痛と肉体的頭痛によって大量の汗をかいていた。もぞもぞと体をずらす拍子にふと禍々しい昨日の夢の映像が顔を出す。
タスケテー
「うあああああああああっ!!??」
ふとんを握り締めた僕の手のひらには大量の汗。それを力任せにふり回しぐるぐるとふとんにくるまる。幻聴だ幻聴だ何も聞こえないなにも僕はしていない。
あああれは僕じゃない!僕じゃないんだ!ぼんやりとした昨日の夢。カラオケBOXでの忌まわしすぎる風景。悪夢にしたってタチが悪いよ!!そんなバカなことって!!
ししし深呼吸!!酸素酸素!!
「……」
僕の細胞のひとつひとつに少しずつ酸素が行き渡るのをゆっくりと噛み締めながら、僕は静かにまぶたを下ろしていく。
そして訪れる静寂。平穏。まだ汗は若干噴出しているがなんとか理性を戻していく。
そうだよ。
夢?夢オチ?
ギャルゲーなら不買運動に発展しかねない禁断の秘儀『夢オチ』。まさかそんな手垢にまみれた恥ずかしい手法がリアルで体感出来るなんて、世の中はやはり何が起こるか分からない。
しかしそうと分かれば何を恐れることがあろうか?所詮は夢。脳が作り出した儚い幻影に過ぎない。
いくらリアルだとはいえ夢は夢!!誰にも罪は無く、当然僕にも罪があろうはずg
「ベクトルマーン」
「うあああああああああああああああっっ!!??」
「早くおきなよ。遅刻するよベ・ク・ト・ル・マ・ン?」
姉!?
なぜクサレ3Dが僕の枕元で僕の顔を見ながら頬杖をついているのか!?それになんだ!?お前の食欲を奪うのが目的だ、とでも言わんばかりのにこにこヅラは!?気持ち悪い!!
いや、ちがう!そんなことじゃない!問題は……なぜこいつが僕の悪夢を知っている!!??
「みんなに会ったらお礼言うのよ?酔っ払って倒れたあんた皆して家まで運んでくれたんだから」
何を世迷いごとをノベているんだこのメスブタめ!!どんな能力を行使して夢の内容を知ったのか知らないがそれは僕の夢だ!!大体僕があんなアタマの悪そうなノリだけの言動で立ち回るはずがないじゃないか!?
全く冗談じゃない!!
「んじゃ私先行くからねー」
跳ねるようなステップで僕の部屋から出て行く姉。にしても。
語尾を延ばすな気色悪い!拾い食いでもしたんじゃないのかリバーシブルオンナめ!(当然乳的な比喩だ!)
僕は気だるい体調に違和感を感じながらも制服に袖を通す。
僕は何もしてないんだから学校行かない理由はないからね。な、ないんだからねっ!
…………。
……………………。
………………………………。
みろ。
それみろ。
電車に乗って学校近くの駅で降り、改札を抜けて民家の並ぶ中を縫うように歩く。
歩道橋を渡り、たまに謎の頭痛の為にアタマを抱えながらも僕を待ち受けるのは単なる日常でしかない。
彼方にではあるが学校も見えてきた。大丈夫、順風満帆ヨーソロー。
誰にも気付かれずただそこに在る。そんなカツオだしのような学校生活が僕を待っている。そんな理想の実現の為今日も僕は無機質化のスキルをありったけのマジックポイントで
「おっはよ!」
「ぅあああああっ!!」
なんだよ!?今日は驚いてばっかりかよ!!イキナリ肩叩くなんて傷害罪で告訴してやるからな!!
「そんな驚かなくてもいいじゃん?」
「あ……せせせセールスの……」
「だから違うってば!自己紹介もしてなかったからしょうがないけど」
目の前のセールス・ウーマンは90度近く腰を曲げきっちりと僕に向かって頭を下げた。
「楠 理子。リコでいいよ!」
おおう。見たことある。
ギャルゲーでこんなの見たことある。礼には礼。挨拶には挨拶で答えねばなるまい。ここはひとつクールに決めておこう。
「あらららあらきシューゾーです」
無理だった。
「あららきくん?難しい名前だね」
しかも聞き取れなかったようだ。
「シューゾーくん、でいい?」
「……も問題ない」
僕らはもうまじかに迫っていた学校を見上げる。古ぼけた……見るからに堅苦しそうな建造物。
学校に吸い込まれていくように消えていく大勢の生徒たちの中、クスノキリコは憂鬱そうにため息を吐いた。
「シューゾーくんはトモダチ出来た?」
「……?」
コノ学校に来るような生徒はトモダチなんぞ二の次、あくまで副産物程度の認識しか持ってないだろうと思っていたが、クスノキリコの少しだけ縋るような目を見て「そうでもない生徒もいるんだな」とヘンに納得する。あんなものは居てもいなくてもどうってコトない僕からしたらちょっと新鮮な感情だった。
「私のクラスみんなおとなしい感じでさ。みんな『他人なんか知らない』みたいにしてるの。なんだか私浮いちゃって」
うおおおおっ!!
クラス交換してくれえええっ!!
「私もっと高校って楽しそうなイメージあったから……なんか憂鬱」
そうだ!やっと分かったのか!?
人生なんて所詮消化試合みたいなもんなんだよ!!いくらトモダチトモダチ叫んだところで卒業すれば忘れるし、たまに会っても自慢話くらいしかしないんだから!
人間はひとりなんだよ!!せめて死に場所選ぶ自由だけを心に定め、あとはひたすら孤独なハイウェイをデカイバイクで直進するだけなのだああ!!うははははははは!!
『たすけてーっっ!!!!』
「きゃっ!……なになに!?」
飛び上がるように周りを見回すクスノキリコ。合唱部の朝錬のような大合唱に僕の毛穴は瞬間沸騰。あれは夢のはずだろ!?ちょっとタイム!!まった!!ブレイクう!!
「?……3年生のクラスみたいだけど、なに大声出してるんだろう?」
「ささささささあ?」
三階の教室のベランダから手すりに掛けた洗濯物のようにわらわらと騒がしい人だかり。こちらを指差す者もいればブンブン腕を振る者も居る。
『ベクトルマーンっ!!!!』
3階という高所から畳がぶつかってきたような声のビッグウェーブに途端込み上げる吐き気、寒気。それに……記憶!!
「なんだろ?こっちの方見てるみたいだけど?」
事情が全く分からないクスノキリコはにこにこと3回の教室に手を振っている。皇族かおまえは!?
「なんか分かんないけど楽しそう……ってどこいくのシューゾーくん!?」
「かかかか帰る!」
僕の腕に掴まったクスノキリコを引きずったまま僕は一刻も早く戦略的転進を敢行する!一部の迷いも許されない切迫した一大事なのだ!!
「授業はどうするのっ?シューゾーくんっってば!!」
「かかかか関係ない!さぼる!」
転進なんだからね!?後退じゃないんだからねっ!?
「おいおい……サボりは見逃せねえな」
「ぐはっ!?」
ぬるりと突然出現した腕に僕の首は締め上げられる。それはがっちりと僕の行動をキャンセルしずるずると校舎方向に引きずられた。
「ほい、仲良く登校中」
ぐい、となんとか視界を確保し暴漢のツラを目に焼き付けてやろうと必死に首を回す。
「あ……あんた……」
カラオケのDQN!!??最悪だ!!なんでこいつがここに!?ていうかなんで僕に危害を!?一体何が目的なんだよこの暴力男は!?
「ようベクトルマン!いい朝だな!」
ふざけんなよ!!締め上げられて『そうですね』って僕が返事するとでも!?なにニヤけてんだコノヤロウ!!
「あ……あの!」
「ん?」
DQNに立ちふさがるはクスノキリコ!!いいぞ淋しがり屋!!お前のイジイジなネガティブパワーで僕を早く助けてくれ!!期待度MAXクスノキリコ!!
「なんだあんた?こいつのツレか?まさかもうオンナ作ってンじゃねえだろうなてめえ」
「ぐ……ちち違い……」
なんでこっちの被害が増大するんだよ!?こいつの腕は万力で出来てんのか!?ちょっとはバファリンいれとけよ!!
「と……友達です!乱暴は止めてください!」
そんな覚えはねええっ!!
「奇遇だな。俺もなんだよ」
あほかああああっ!!てめえの友達は鉄アレイだけだ!!
「ってことはだ。お嬢さんとおれも友達だな」
「え?」
「友達の友達は……友達だろ?」
「そうなりますね」
ならねえよっ!!!!なってたまるか!!キラキラ目を輝かせてないで助けてくれよクスノキリコ!!淋しがりにも限度ってあると思うんだ僕!!
「俺、梶雄介3年、よろしく。あんたは?」
「1年の楠理子です!よろしくお願いします!」
よろしくすんなよろしくすんなってば。
なんかもう意識が朦朧としてきたぞ。
『ベクトルマーン!!』
「おい呼んでるぜ?」
知るか!!ってかあんたが首絞めてて呼吸さえいっぱいいっぱいなんだよ!!
「べくとるまん?ってなんなんです?」
君の無邪気さと人恋しさは痛いほど伝わったよクスノキリコ。せいぜい誘拐されないように、知らない人にはついて行かない様にすればいいんじゃないかな。
「困ったときは呼ぶんだよ。理子もな」
「困った時ですか?」
「ああ。きっとなんか変わるから。覚えとけ」
「はい!覚えておきますね!」
仲ムツマジイんですね。僕の存在はもう端っこなんでしょう分かります。
『タスケテー!!ベクトルマーン!!』
あー!!うるさいうるさい!!
僕のスネークバリの隠匿学校生活。
見るも無残なスタートを切る。
でゴザルの巻。