〔カナ編〕かしゃかしゃ(梶サイド)
「ううん。惜しかったなあ。ここまでかぁ」
半地下の同窓会〔なのかコレ?〕会場のドアを少しだけ引き、屈みこんで中の様子を伺っていた新木サンは溜息混じりに呟いた。
現在21時。よくもまあ新木サンも飽きずに眺めているものだと感心していたが……俺だって大差無い事に気付きなんだか居た堪れない気分だった。
「どうすんだ?」
言われりゃ突撃。
これは明らかに周蔵たちは『多勢に無勢』であり、俺が多少何人かぶっ飛ばしたところでどこからも文句は出ない。『頭が悪そうに見えるから』という理由で暴力を好まない新木サンだって納得の制裁だろう。
「梶君はここにいて。目立つし」
バーの扉に手をかけた新木サンはゆっくり立ち上がると抑えた声で俺にそう言った。
「……大丈夫なのか?あん中に知った顔が有るんだが」
「友達?これからは交友関係は良く考えてくれない?」
「面識はねえしツレでもねえよ。何て言えばいいのか……ホレ、あの必死にカナにしがみ付いてるオンナ。アレ良くないぜ、アイツ自体は問題じゃねえんだが」
カナは『バイト』は隠している。はずだ。
絶対に周蔵のバカには知られたくないだろうし、新木サンにさえ伝えているそぶりは無い。事実最近はバイトには顔を出していなかったようだし。
……しかしまさかこんなところでそのツケが回ってくるとは、ツイてねえなあアイツも。
「あら。梶君の腰引けさせるカンジ?」
なんだよそのカブトムシ見つけた小学生みたいな目は。似合わないから止めてくれ心臓に悪い。
それに引く気はサラサラねえ。正直ムカッ腹を持て余し気味でウズウズしてたんだよ俺は。だからその『無邪気な笑み』を止めてくんないか。怖ぇから。
「多分損するぜ巻き込まれると。ああいったバカ共は関わらない方が毎日健全に過ごせるんだよ」
それはそうなんだよなあ。今まで頭に血ィ昇らせたまま動いて良い事あった試しはねえ。自分と新木サンに対する戒めとして口に出してみたが……まあこんだけ冷静なんだからいいか。
新木サンは周蔵に甘いし、カナは新木サンのツレである。さぞブチ切れているかと思いきや、全くいつもと変わらない態度を保ってんじゃねえか。
「はいはい忠告どうも。じゃあコレ」
かしゃかしゃと新木サンは俺に何かを手渡す。
「なんだコレ」
「コンビニの袋です。落ちてたから」
それは見りゃわかんだよ。
「あのねえ梶君」
「ん?」
「なるべく私は穏便に2人を連れてきます。正義の鉄槌を下す!なんてガラじゃないし。それに……あそこでああして必死に逃げずに踏みとどまってる周蔵を『かわいそうな被害者』扱いしたくないじゃない?……まあ、贔屓目に見たって逃げなかった事くらいだけどね褒められるのは」
そんなこと、で?
新木サンは笑えているんだろうか?ものすごい違和感を感じる。
少なくとも俺の知っている周蔵ならカナを置いて独りだけ逃げる、なんてのは想像できない。
「……あいつに落ち度があったとしたら『弱ぇ』事くらいだろ。それにあの人数相手じゃ相当場慣れしてねえとケンカにもならねえよ。責められる類のハナシじゃねえさ。……それにあのバカは被害者なんて気の効いたもんじゃねえ。よく見てみろ、形勢怪しくなってきたじゃねえか」
薄く開いた扉から漏れるぼんやりとした照明の中に混じる短い悲鳴。アイツなんかしやがったな。
さっきまでチョーシこいて周蔵の背中蹴っ飛ばしていたバカ共の円陣は崩れ周蔵の周りから人間が遠ざかっている。
「あれは……うーん。ダメ、ここまで。んじゃ行って来る」
「っておいおい!これなんだよこの袋!」
手渡されたコンビニの袋の意味が全く分からない。
俺は慌てて新木サンの腕を掴み静止する。
「なにって……顔バレたくないんでしょ?」
「は?」
「よっ正義の味方」
ぽん、と肩を弾かれる。
「……」
なんかあったらコレ被って突入、ってか。
「極力穏便に済ませるつもりなんだけど、保険はあったほうがいいと思わない梶君。私周蔵と違ってイタイのとか好きじゃないし」
「……」
俺はいざ突入していく新木サンの背中を眺めながら……『美人の笑顔ってのは得体が知れねえな』などと、どうでもいいことを考えていた。