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ベクトルマン  作者: 連打
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〔カナ編〕ゆらゆらと(カナサイド)




正直言って……今わたしがこの場に拘束され、ナミの言うヤンゴトナキお方の登場という段になったとしても、わたしに直接的な害が及ぶわけでは無いことは分かっていた。

わたしがちょっとっだけ。



また、ちょっとだけ我慢すれば八方丸く収まる。



たったそれだけの事だ。




でも。




「……」


「おいおいどこいくんだよ新木?イトシイ美人はあっちだぜ?」



よろよろと複数のバカガキ共に肩や背中を小突かれながら、私たちの周りを取り囲む同窓会の出席者達を掻き分けつつドリンクカウンターへ向かう周蔵。

『その他大勢』の視線は余りにも冷徹だった。これが、こういう光景がこいつらの日常だったんだろうと……ナミの態度からも明らかだったように思う。



「いっつもあんたばっかり、ふざけんなよカナ。ぜってー離さねえからな」


わたしの耳元で囁くナミ。

このコの中のどの部分がわたしにここまで憎悪を掻き立てるのか、はっきりいってソコまで興味は無い。迫力を出すつもりでわたしの腕を絡めとり、鼻付いちゃうくらい顔を寄せるナミの表情は余裕も自信も感じられない。


「……」



わたしは自分のクビを回しナミの目を覗き込んだ。確認したかったんだろうと思う。このオンナ、本当に。



「な、なんだよ!今更びびってんじゃ」



へんな顔。

つけまつげの端、取れかかってる。

わたしは妙に冷静にナミを観察する。



「わ、悪いのはあんただろ!?見てんじゃねえよ!!」



こんなしょーもない飲み屋の真ん中で、すすけた主人公を自分が演じていることに疑問や不安が沸かないのか。わたしを拘束することでナミの加虐心は満たされるほどちっぽけなのか。



それに、なにより。



「……てめえもあたしと同じくせに!いっつも見下しやがって!!」



ナミの頭の中には、目と鼻の先で小突きまわされてフロアに這いつくばっている周蔵に……本当に、これっぽっちも興味や関心は感じないのかを確認した。そして結果は明白だった。わかってたけど。


「……」


わたしは結構感情の導火線が長い、と自分では思っている。『誰かを憎む行為』自体ダサイから。真剣に行動する事をどこかの時点で捨てちゃったんだと思う。必死wwwって感じは避けて軽やかにやってこうって、その方がきっとわたしも回りも楽しいはずだって思って。

それでずっとわたしは間違い無く今までやってこれたんだ。



でも。



「て、てめえ……や、やんのかよ」



ぐぐ、と絡め取られている腕に力を入れる。ナミの腕だってそんなに筋肉は付いていない。腕力に自信なんて無かったけど、オンナ同士そんなに変わるもんじゃないでしょ?



「あの……フロアでボコられてるヤツ、そんなんじゃねーんだよホント」


「ぁあ!?なにがだよ!!新木はあれで通常運転なんだよ、見てみりゃわかんだろうが!!残念だったなナンバー1のくせにカス掴まされてさ」



よし。

充電、終わり。


わたしは体中に憎悪が行き渡るのを感じていた。

強くこのオンナを『許さない』と思うことに成功したのだ。

周蔵を『カス』だと言った言葉思考態度全部全部全部許さない。


その瞬間。



「うわあっ!!やべえ!!」



「きゃっ!!なに!?」



「ちょ、おいっ!?やめ」



幾つかの短い悲鳴により真空状態となったフロアの真ん中で、陽炎のようにゆらゆらとしたおぼつかない足元の上で周蔵が笑っている。


ゆらゆらと、嗤っていた。




「だだだ、だからさ……ぼぼぼ僕にきき危害をく、加えたい、んだろ?わか、わかってるよ。しし知って、知ってた」



周蔵の手にはカウンターに置いてあったであろう15センチ程のアイスピックが握られていた。口元には幾筋も血の跡があり拭う気も無い周蔵は落としてきた感情を思い出すように嗤う。


「……」



声が出なかった。

あれは、あの顔は。


あの口調は、イヤだ。



「ん!」と。



周蔵が子供のように真っ直ぐ突き出したアイスピック、『ひゃあっ』と身体に似合わない小さな悲鳴を漏らす、先ほどまで嬉々として周蔵を蹴っていた男に当てられたのは……周蔵が握っていた筈の『柄の部分』だった。



「な、なんだ……?」



おそるおそる柄を掴む男、さっきまでの周蔵とは異質の存在感を放つゆらゆらとした影に怯えているように見える。


「だ、だからさ」





ずず





「う、うわあああっ!?」





ずずずずずず





「やめろってマジ!?う、あああああ!?」





ずずずずずずずずずずず






「……まま満足?まま、まだ?たた足り、ない?」






たた、と。

フロアに赤い模様。



相手に持たせたアイスピックに向け自分の手の平をゆっくり押し付ける周蔵。甲から突き出たアイスピックは赤を纏いゆっくりと伸びていく。



「うわああっ!気持ち悪ぃって!!マジやめろよてめえっ!?」




手の平からアイスピックを生やした周蔵を突き飛ばす男。

尻餅を突いた周蔵に顔を向けてはいるものの、すっかり威勢はなくなっている。ただただゆらめいている周蔵に怯えて、周蔵と距離を開けることがこの男の優先順位のトップになっているようだ。



「つつ、次」



周蔵の呟きには誰も答えない。にも関わらずなぜかおかしげに周蔵は言葉を送り出す。



「危害をくく加えたいならやれ、やればいい。僕はかかユズキカナをぜぜぜ絶対連れてかえ帰るんだ。……ね?」



投げかかられた周蔵の赤に彩られた笑顔に……わたしはうまく笑って応えて上げられただろうか?

高い人口密度の真ん中にあって誰も言葉を発しない。ナミでさえ呆然と周蔵を眺めている。



この周蔵は……わたしは。



いや、わたしのせいで、また。



でも。




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