〔カナ編〕来ない。(姉サイド)
「カナのヤツ……なんで一緒に入ってんだ?部外者だろ」
「さあ?」
責任感と言って差し支えは無いはずである。
無理矢理同窓会に参加させたのは私であり、その結果なんらかのトラブルが起きる可能性が高いことも重々承知だったのだから。
無理を通す理由があった。お節介とは知りつつ、ただ私のわがままに弟を放り込んだだけとの自覚もある。しかし、それでも。
「にしても過保護が過ぎるんじゃないのか新木サン?単なる同窓会だろ」
「……付いて来てほしいなんて言ってないわよね?」
「いや、トラブル臭ぇ感じがしたからよ」
嗅覚鋭いオトコは嫌われるってのに。
梶くんは恐らく、というか間違いなくカナに同窓会のことを聞いたんだろう。面白半分で見物に来ていた梶君とばったり会ったのはつい先程のことだった。
「カナがよ。『周蔵大丈夫かな?同窓会ってヤリ目的ってオンナも絶対いるし。古都そのへんニブイからなあ』っつってオロオロしてたんだよ」
「……」
そんな心配は全く杞憂だと思う。まあ私もそっち方面に明るいとは言えないが、周蔵に至っては裸のオンナが勢い良く抱きついて来たって何も出来ないだろう。周蔵には知識、経験ともに絶望的に足りてないのだから。
「で?梶君もそう思うの?あ、ありがと」
自分のポケットから缶コーヒーを取り出し私に差し出す梶君。
私はコーヒーを受け取ると歩道脇のガードレールにもたれ掛かる。
「いや、俺はどっちかってーと新木サンの方が興味深くてよ」
車道を走るヘッドライトに横顔を照らされながらプルトップを持ち上げ缶コーヒーを啜る梶君。
襟元のざっくり空いた白い長袖のシャツの袖を巻くり上げ太い腕を晒し、大きなバックルの付いたベルトとゆったりしたジーンズ。なんとまあ『夜』に映えることだ。格好は小奇麗なチンピラにしか見えないが……梶君の場合はなんと言うか『芯』みたいなモノが入っているのでイヤミにはなっていないように感じる。
不思議なものだ。
「私?なんで?」
「『同窓会』なんてガラじゃねえだろ?『ひさしぶりー、ゲンキだったー?』なんてはしゃいでる新木サンなんて想像つかねえよ」
「……ヘンな想像しないでよ。ボーリングのハイタッチだって見てるだけで寒気がするのに」
不毛なコミュニケーションの重要性を認めていない訳ではない。
ただ単に『苦手』なのだ。だからそうしなくていいように自己を敢えてプロデュースし己の立ち位置を吟味してきたのだ。
とはいえ……その選択が『狭義の逃げ』でしかないことは分かってはいたのだけれど。
「あのバカにはその寒気を強要してんだろ?新木サンが矛盾する、なんて珍しいこともあるもんだって思ってな」
「梶君は私をなんだと思ってるのよ。只の女子高生から『矛盾』を抜いたらなんにも残らないのよ。知らなかった?」
「新木サンが『只の女子高生』って定義が違ってる。そんなわけねえからな」
…………。
なんで梶君は私の評価が物凄く高いんだろう?前から一度聞いてみたかったのだが聞けず仕舞いになっていたのが悔やまれる。
梶君が想像する私と本来の私は、きっと友達にはなれないほど互いに大きな隔たりを構築するんじゃないだろうか?
「周蔵はね。ずっと人間関係を避けてきたの」
「そうだろうなあのバカっぷりは。まともじゃねえ……って、いやいや新木サン!怒んなよ!」
ガードレールに腰を降ろしながら上半身をペタンと折り曲げ私に謝罪する梶君。私は別に怒ってなどいないというのに、風体の割に繊細な感性の持ち主なのだろうか?
私は。
断じて。
怒 っ て な ど い な い の だ か ら。
「おっかねえなあ」
「……あいつなんか偶に訳分かんないヒーローごっこするでしょ」
「ああ、ベクトルマンだろ?」
「ソレ。多分あいつはずっと待ってたんだと思うの」
「なにを待つって?」
「ヒーロー」
頭の中がふわり、とした。
これはなんなのか、いや……知ってるよ。分かってる。
これは私のキズ。
「中学時代……もっと前から。助けて欲しかったんだと思う。ブクブク太りだし言葉はたどたどしくなり部屋に閉じこもるようになって。でもあいつはバカだから完全に他力本願で『誰かが助けに来てくれんるんじゃないか』って。誰も来ないよねそりゃ。気持ち悪いし、なに言ってるのかもよく分からないし」
母が亡くなり新しい父は他人。私はその時ほど自分で思うほど強くはないんだと実感したことはなかった。自分の輪郭を保つのに必死で自分の殻に頑なに閉じこもった。
そうだ。
ーーーー私は周蔵と何も変わらない。
そう気付いた瞬間、全てが疎ましくなった。唯一血の繋がった姉弟でさえも。
引き篭もっていく周蔵の弱さが自分の弱さと重なって見ていられなくなった。自分の内側を晒されているように映った。
家の中から逃げるように勉強し、全てを忘れるように運動をした。『優等生』の仮面はその時の私に有効に機能し、何も言わなくなっていった周蔵を見ても心が動かなくなった。
腐っている。
私は……ほんとうにダメな姉だった。
弟の無言の悲鳴を聞き流したのだ。
だから。
「昔の、ね。ケリをつけさせてあげたいの」
「……そうか」
ヒーローは。
来ない。
だから周蔵は自分でやってみる事にしたんだろうと思う。来るべきはずの『優秀な姉』というヒーローはどれだけ待ってもやって来なかった。今更私が周蔵を助けるなんて……遅すぎる。致命的だ。
だから私はせめて見守ることにしたのだ。
高校生になり、不器用に歩き出した引き篭もりオタクの七転八倒を……理解してあげることくらいしか出来ないけど。
あの時周蔵を見捨ててしまった私には、もうとっくに『姉』の資格は失われているかもしれないけれど。
でも。
「……まあ、あいつはバカだが心配することねえよ」
「そうかな」
「おう」
こんな時でも私は私の仮面を手放さない。そんな私の心情を知ってか知らずか、梶君はもう私と会話するのを切り上げ同窓会の会場であるバーのネオン看板を眺めていた。