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ベクトルマン  作者: 連打
135/189

〔カナ編〕はいはい、ですよねー



「あ、あらき?え?」



ユズキカナに付き添われ会場内に入った僕は、名前を尋ねられたので答えただけだ。ジロジロと纏わり付く様な遠慮の無い視線に晒されてはいるのだが……そんな顔されても僕にはどうしようも無いわけで。



「なんか、か、変わったね新木くん……は、はは」


「ほとんど……ってか、違う人みたい……」



一緒に入ってきたはずの受付の役回りだった女の子2人は、なにやらブツブツ言いながら僕から後ずさりを敢行。なぜだかバツが悪そうに苦笑いを浮かべながら『じゃ、じゃね』と捨て台詞を残し会場内の女の子の一団に溶けて行った。



「……」



オチ用意してなかったのかなあ。

それなら体裁が悪いのも分かる。見切り発車の出たとこ勝負がどうにもならなかった時の後味の悪さったらないからね。僕も良くやるので責める気にはならないから気にしなくていいのに。



「……」


会場内には良く分からないアメリカ人の女の子が楽しげに『グッタアァイム』と歌っているPVがプロジェクターで大写しにされている。照明はほとんどそれだけ。あとはカウンターに間接照明が当たっている位で自分の足元も見えないほど暗い。

完全に『オサレなバー』である。っていうか、クラブ?ってやつなのか?


やたらに激しく音楽が鳴っているので僕の眉間には自然にシワが寄る。まあ僕は誰と交友を暖めるわけではないので構わないんだが。


「……」



構わないんだが。


英語なら、オーベイならオサレでしょ?って奴隷根性はいいかげんなんとかならないものだろうか?聞いてるヤツだって意味なんか分かってないだろうに何が楽しいんだ。もっかい真珠湾いったろかコノヤロウ。

いやいや、別に三味線掻き鳴らして詩吟を嗜めって言ってるわけじゃないのさ。僕の脳内メモリには『保守的な思想』なんて立派なソフトはインストールされてないし。


「……」



でもさー。あると思うんだ上手なやりかたって。もうちょっとコダワリが垣間見える、背筋の伸びるような『主張』っていうの?ニッポンジンはオタク気質がデフォなんだから。ソレ全然使わず『ヨソのやつそのまま借りてきちゃいました。テヘ』はもったいないとおもうんだ。うん。



「……」



ふぃー。

僕は最近流行のネトウヨ気味の思考と戯れつつ会場内の一番端っこに移動し、壁にくっつけて並べてあった椅子に腰を降ろす。

こんだけ暗ければわざわざ僕の顔なんか確認に来る物好きはいないだろうし、こんだけうるさければ僕への陰口も聞こえない。

誰も近寄って来なくて何も聞こえなければ、後は小一時間我慢して座ってればじきにお開きになる。

ミッション・コンプリート、だ。ちょろいぜ。



「……」



ふむ。

それにしても助かった。あんなに顔が知れているんだとは思わなかった。クラスの人間のほとんどがユズキカナの周囲を取り巻き時折誰かが奇声を上げている。そのおかげで今の僕の『壁際の平穏』が成り立っているのは誰が見ても明らかだ。


「……」



よし、決めた。今日はこのままバックレよう。ユズキカナの尊い犠牲を無駄にするわけにはいかないのだ。

今現在ユズキカナはクラスの人間にモミクチャにされて不機嫌極まりない顔で何事か周囲の人間に叫んでいるが……よしよし、思うように進めないでいるようだ。『ここはわたしに任せて!あんただけでも逃げて!』と、きっと僕にそう言っているんだろう。間違いない。



「……」



僕はなるべく身を屈め薄暗いフロアーを慎重に進む。この耳に痛いアメリカ人の音楽も今は僕の隠れ蓑として有効に機能している。まー、なかなかいいんじゃないかなアメリカンなミュージックもさ。ミノフスキーな役割まで果たしてくれているのだから今更グチグチ文句は言うまい。



ーーーーーーーーー!!



「へ!?」


暗闇の住人となってフロアを縫うように進んでいた僕は突然の異変に動きを止められた。

洪水のように垂れ流されていた音が急に無くなって、『きゃっ』っと小さい悲鳴のような声が遠くの雷鳴のように一筋小さく光る。


「……」



音楽が無くてもここには30人からの高校生がアホ面並べてるはずなのに……この静寂はなんなんだ。

嫌な予感しかしない。


…………。

僕はもう出口付近にまで歩を進めていたのだが恐る恐る振り向く。

そう、ユズキカナの集団の方角に。



すると……



「ちょっと!やめなよナミ!」


「どうしたのよ急に!?」



人垣の隙間からかろうじて見えたのは、ナミと呼ばれた女の子がユズキカナの胸倉を掴んでいる最中だった。

プロジェクターも2人の諍いの際倒してしまったのだろう。あーあ、結構古そうな機械だからその割れたレンズ部品残ってないぞきっと。直そうと思ったら軽く15万コースじゃないかアレ。



「なんでアンタここにいんのさカナ、仕事も全然出ないくせにおかしなところで会うじゃん?」



ユズキカナと知り合いなのだろうか?いや、例えそうであってもあの友好的とは程遠い態度はどういうことだ?


「どこで何しようがあんたに関係ないでしょ?離してくんない?」



さすがDQNである。ユズキカナは顔色ひとつ変えず件のナミさんを射抜くように睨み返す。にしてもほんとになんなんだ一体、クラブはクラブでもここって『ファイトクラブ』だったんだろうか?


「……」



僕はクラスの集団へと歩き出す。

帰りたいのはヤマヤマなのだが、今ユズキカナを置いて逃げ出す選択肢は僕には選べないのだから仕方が無い。僕はギャルゲーでも選択肢によるバッドエンドは見ない派なのだからこんな見え見えのトラップは華麗にスルーするのが常考。突撃あるのみ、である。



「いま関係ねえのはカナだろ!?『同窓会』って意味、分かる!?」


「『来て』って言われて来てんだよ。個人的に都合よかったし。ナミが居るとは思わなかったけどね」


「カナの都合なんて知るかよ!」


「ま、そりゃそうね。わたしもアンタの存在なんて知ったこっちゃないから、おあいこ」


「はぁあ!?」



ナミおいやめろ、ちょっと落ち着いてよナミ。そういう類の声が周囲の人間から控えめながらも囁かれる。僕はそのクラスの壁の隙間に自分の身体を捻じ込ませながら中心へと滑り出た。


「とと……」



前につんのめりながらもユズキカナの眼前に陣取った僕をクラスの人間達は訝しげに眺める。



「……誰?」


「さあ?」


「柚木ちゃんの知り合いみたいだけど……誰?」




…………。


はいはい、ですよねー。僕のことなんか覚えて無いですよねーはいはい分かってますワカッテマスヨ。



「……周蔵」


「どしたの?揉めてる?」



ユズキカナは僕を見つけると僕の名前を一回呼んだだけで俯いてしまった。どうしたんだろうか。

さっきの迫力や勢いが見る見る無くなっていくように見えた。


「周蔵……わたし、わたしさ……」



ぐ、と歯を食いしばるユズキカナ。俯きっぱなしで、微かに唇が震えているように見える。まるで何かを怖がっている様だった。

僕がはじめて見るユズキカナの表情だったから……なんて言えばいいか分からずに人垣の真ん中で立ち竦んでいると。



「へえ。カナ……このイケメンが大事なんだあ」



と僕に向かってギギギと笑顔を無理矢理作り嗤う『ナミさん』。当然のように僕の事は覚えていないようだった。が、当たり前か。僕だってこの『ナミさん』を覚えていないのだから。




「……」



うーん。

みしみしと歪んだ同窓会という名の異空間は、やはり僕には荷が重い……というかムリゲーだったようで、なにがなにやら全く理解出来ないまま僕に出来ることと言えば……ギコチナクゆっくり過ぎて行く時間を眺めるだけ。



「……」



僕は結局ヘタレの昔から何も変わっていないんじゃないだろうか、と。

そう思った。

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