悲鳴(姉サイド)
最悪だ。
「ベクトルマーン!!たすけてー!!」
「とーうっ!!」
皆ノリノリである。ベクトルマン(?)に変身を遂げたバカヤロウの姉であるところの私こと新木古都は暴走肉団子のランチキ騒ぎをただただ呆然と見詰めていた。
「さあ悩みを吐き出すのだ!!悩める子羊の胸倉つかんで、このベクトルマンが即解決!!泣こうが喚こうが即解決してやるぞーっ!!」
「カッケー!!カッケーよベクトルマン!!」
煽るな。煽らないでお願いだから。
「ベクトルマン!!私彼氏が欲しいんです!!どうしたらいいですか!?」
一人の女子生徒がバカの前に躍り出た。ノリが良過ぎるのは私のクラスのいい面でもあり悪い面でもある。
今は間違いなく悪い面が出てるんだけどね。
私は頭を抱えひとりソファーに沈み込んだ。
指を突き出し赤面症なのか酔っ払いなのか分からない顔色で女子生徒を睨み付けるバカ。
「ドンキで買え!!」
「即解決!?ベクトルマンスゲー!!」
彼氏販売してないから。解決してないから。
「さあ次はどいつだ!?薄毛ならリーブ21!!整形なら高須院長!!それ以外の悩みならこのベクトルマンが一刀両断してやるぞ!!」
なんだ、解決する気ないのか。ってバカ。両断するな。
訳の分からない盛り上がりのカラオケBOX内。まっすぐ私に接近してくる男子生徒の影が視界の端に映りこんだ。
「新木サンの弟は……アタマおかしいのか?」
私の隣まで移動してきた梶くんはなぜかにやにやと笑顔を浮かべながら私の顔を覗きこむ。
「おかしいんでしょうね見たら分かるでしょ?」
「かっかっか!!間違いない!!ありゃキチガイだ!!」
梶君がこんな風に笑ったところは初めてみた。
コワモテで無口。ウワサでは女子大生やOLをとっかえひっかえ遊んでる、ウチの学校始まって以来の問題児らしいが。
特に私たちになにかするわけでもないので別に嫌われてはいないが、結構シャレにならないウワサもまことしやかに囁かれている。
「まったく……姉の立場も少しは考えろってんのよ。弟がアレじゃ恥ずかしくて明日から学校行けないじゃない」
「そうか?俺は楽しいぜ、新木サンの意外な一面も見れたし」
確かに大声をあげての醜態をさらす、なんて今までの私の学校生活には入り込む隙間さえなかった。てか、そんなものあってたまるか。
「それに、新木サンの事考えてない訳でもないみたいだぜ?ホラ」
梶君はあごで私の視線をバカの方向に促す。ずっと目を背けていたのになあ……なんであんな醜悪な肉団子を
「よく見てみろ。足震えてるだろ?」
「……」
飛んだり跳ねたり……せわしなく動かしてはいるが、動きの止まった短い瞬間確かに周蔵の脚は小刻みに震えている。注意深く観察しなくちゃ分からない程の暴走肉団子の悲鳴だった。
赤面症、失語症、対人恐怖症。私にはよく理解できない見えない荷物。
「あいつが話すの苦手なのはすぐ分かったよ、どもりまくりだったしな」
「……」
「頑張ってんじゃねえの?やり方は完全に阿呆だがな」
俺もガンバロ、そういって梶君は静かにカラオケBOXから出て行った。大盛り上がりの喧騒の中、私は弟の震える足を見詰める。
私は周蔵のためにあれこれ世話を焼いていた。もちろんそれは嘘じゃない、嘘じゃないんだけど……
醜い弟が嫌だった、その感情のほうが確かに強かった。素材は絶対に悪くないのに、痩せるだけでそれだけで周囲の評価は全く違ったモノになるのに。
想像を遥かに超えるイケメンに変身したのはさすがに私も驚いたし嬉しかったりもしたんだけど。
そんなことじゃ赤面症とか対人恐怖症は治んないよね。
「ベクトルマーン!!」
「とーうっ!!」
だから
ちょっと、ごめん。