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ベクトルマン  作者: 連打
126/189

〔ハル編〕オトナの振る舞い


「……いいところですね」


穏やかな風が舞う緑に囲まれた小高い山の中腹、眼下には海が遠く見渡せる。

駅もバス停も無いであろう人里とは無縁の県境地域で、僕と氏原さんは車を降りた。


「そうねえ。ま、ちょっと寂しい気もするけど」


ここから先は舗装されていない林道を徒歩で進むらしい。

最近はめっきり体がなまっていたのでちょうど良い運動になるだろう。

僕は体を鍛える理由なんて無いのを承知でそう前向きに捉えることにする。



「……葬儀出なかったんですね氏原さん」


アキは寂しそうにそう言っていたのを思い出す。

僕も氏原さんは確実に参列するものだと思っていたので意外な印象を受けていた。


「新木もでしょ?あんたが行かなくてどうすんのよ」


「ごもっとも」


大した理由なんて無い。

僕には行動の動機なんて、もう大したことじゃ無くなってしまった気がする。


僕らはゆっくりと緩やかな坂を踏みしめる。

汗を掻くほどじゃなく、かと言って跳ねるようにとまではいかず。

適度な疲労を心地よく実感しながら。



「もう私の中じゃあいつは私の一部みたいなものだと思って」


「一部、ですか」


「うん。葬儀、なんて辛気臭い儀式なんか出ちゃうと私の一部まで無くなっちゃうんじゃないかって」


「立派な社会人の対応じゃないですね」


「あんたもよ。私あんたが泣いてるところ拝んで無いんだけど」



悲しんでしまえば、ソレは了承の意。

咀嚼し消化し……消費する作業でしかない。

強いて言えば葬儀に行かなかった僕の、頼り無い唯一の理由でもあった。


「僕はイカレてますんで」


「なに格好付けてんだか……私と同類のくせに」



それは氏原さんの優しさからの言葉なんだろう。

僕が氏原さんと同類の訳は無いんだから。

僕はこの人みたいに優しくも大きくも無い。


駄々っ子みたいにジタバタ見苦しく拗ねていただけなのだから。



「そういえば、よくこの場所分かりましたね。なんか色々大変そうだったのに」


取材だなんだと病院は一時期パニック状態になったと聞いている。

後の騒動から現在に至るまでまだ報道の熱は冷めては居ないはず。


「……」


未成年と言うことで僕に対する取材は皆無に等しかったものの、あの優しそうなお父さんは世間の風にモロに晒されていたように記憶している。


「鬼頭さんが教えてくれたの。あんたの所にも顔出すって言ってたけど来てない?」


「そういえば来てました。なんだか燃えてましたね仕事に」


「でしょ?全く記者って極端よね。辞めたんだって雑誌」



フリーの立場じゃないと出来ないことが沢山あるんだ、鬼頭さんは僕の家のリビングでそう熱く語っていた。


最初アイツを追い詰める為様々な証拠を掻き集めた結果、鬼頭さんの手元には手紙が残されたのだと言う。

死の枕元でしたためられたであろうその沢山の『被害者』の手紙には感謝の気持ちが溢れていたそうだ。


アイツに対しての限りない感謝。遺族の想いも同様に手紙として渡されたとき鬼頭さんは分からなくなったのだと言った。



『誰も損して無い、それどころか加害者だけがリスクを一手に引き受けている』と。

『誰かが悪いって事にしなくては社会は回らない。じゃあ、誰だ?実行犯である加害者か?依頼した被害者か?一番の悪役は法なんじゃないのか?』



「……」


ジャーナリストってのはみんなああなんだろうか?

かなり早い段階で鬼頭さんはアイツにかなり極端な擁護記事を書くようになっていった、とは姉の弁。

姉は実際鬼頭さんのその記事を読んでアイツの人間性を大まかに掴んでいたらしい。


『あれだけ露骨に左寄りの記事書いてりゃ商業雑誌の記者なんてムリムリ。イマドキ体制批判って……平成よ?』


姉はそういいつつも鬼頭さんのような人種が嫌いでは無かったらしく、その時出したコーヒーはインスタントじゃなく豆から挽いたものだった。



「着いたみたいね」



氏原さんはそう呟くと両手をうえに上げ伸びをする。

不意に木々が途切れ突き抜けるような空が見えた。

ぽっかりと開けたその空間に海を臨む一際大きな……



「……でっか」



墓。



「随分奮発したんだねあのお父さん。どういう心境の変化があったんだか知らないけど」



僕も何があったのかは詳しく聞いていなかった。

ただあのイノシシがユズキカナと共に暗躍し、なにかとんでもない事をしでかしたらしいのはうっすら耳に入って来ている。

今度きっちり聞き出さなければ。


僕は真新しいその石の塊の前でしゃがみ込み、コンビニの袋から買っていたものを取り出すと氏原さんにひとつ手渡した。


「ハーゲンダッツ?」


「思いっきり溶けかけですけど」



こんなもの供えてみてもしょうがない。

僕はハルの墓の前で食べてやることにしていたのだ。


「……」


氏原さんは僕の横に無言で座り、パカとふたを取る。


「どろどろ。でもまあいいか」


「ここって……ああ、花売ってますねあそこ」


「なーんにも持って来てない私への嫌味?」


「僕だってなにも無いですよ」


「ハーゲンダッツあるじゃん」


「これは僕と氏原さんの分」



恨まれるよーあんた、そういいつつ躊躇いも無くアイスをパクつく氏原さんも完全に共犯者だろうに。

先に逝っちまった弟子に供えるものなどないのだ!

ドアホウが!



「……」


にゅるにゅると溶け掛けたアイスを並んで座りもくもくと食べる僕らは何を話せばいいのか、逆に話してはいけないのか全く分からないで居る。





―――「……なんか、ヘンだねー。会ったばっかりなのに」―――





「なんか無いの新木?思い出話とか」



「うーん、難しいス」





―――「今度いつ来る?そんときでいいかなー……なんちて」―――





僕らは海を眺めていた。

空も青いし雲は白い。

全然文句はありません。





―――「ウブゼーブァーカ(うるせーばーか)」―――





「私って幸せになれるのかな?どう思う?」


「ここに置き去りにされたくないからその返答は保留でお願いし……って、イタイすイタイす氏原さん」





―――「辛気臭いから!

誰が好き好んで死に掛けの病人の話なんか聞きたがるのさー?」―――






氏原さんは少し無理して笑っていたように思う。

だって氏原さんは一度も僕の顔を見ない。見られたくないのだろう。






―――「やるだけやったったってカンジ?」―――






僕のようにイカレたバカヤロウでもなければ感情は抑えきれない。

ましてや長い間家族以上にハルのそばに居続けた氏原さんは誰に恥じることも無く思いっきり泣けばいいのに。






―――「キスして」―――








…………。







あるいは。

まだ『自分の一部が消えてしまう』、なんて思っているのだろうか?

それとも僕のようにハルの死を認めたくないと駄々を捏ねているんだろうか?


「……」



しゃーない。

ここはこの!

イカレ冷徹超人、元祖ベクトルマンの僕がオトナの振る舞いってヤツをウジハラーに見せ付けてやろうじゃないですか!


僕はその場で無言で立ち上がる。

むー。

空気はうまい、海は綺麗だ。

柔らかな日差しに、ちょっと早いが木漏れ日まで完備したこの完璧なロケーション、あとはクールなジョークでコンプリート!!


「新木?」


「僕ちょっとトイレに」



独りで浸りたまえそうしたまえ!

君にはその権利があるのだから!



「……」


ぐ、と。

僕の歩みを阻む力学。

氏原さんは僕の袖を掴んでいた。

まったくしょうがないオトナだ。


「あの、トイレに」


「……」


聞こえてないの!?

こんな近いのに!?


…………。



「離してください」


「……」


「僕は……どいれでぃ!いぎだいんでふっ!!」


「……うそつけ」


「うそじゃだいっ!!ぼぐは……ぼぐはぁ」




泣く資格なんて僕には無いんだから。

だから泣いてない。

僕は泣いていない。



「……っふ、く」



だから、一回位化けて出てくれよハル。



そんときハーゲンダッツ買っとくからさー。




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