〔ハル編〕覚悟の意味
昼間の駅前のコンビニで買い物を済ませた僕は、待ち合わせ場所のロータリーでベンチに座る。
もう半袖でいい位の陽気、衣替えもそろそろか。
「……」
人混みの中の一人きりという状態はキライではなかった。
孤独ではあるがとりあえず寂しくはない。
僕を除いたとしても確かに稼動していくのを実感できる景色。
義務とか責任の上にぽっかりと浮かべられたような、海外旅行者のような無責任な傍観者になったような気がして……ラクな気分になれる。
「お待たせ」
にこやかに現れたその女性はいつもの白い制服ではなく、黒くて飾り気の無いワンピースを着ていた。
「なによ?」
眩しい笑顔とその装いのギャップがなんだかおかしかった僕は、悟られないように隠れて笑ったつもりだったが氏原さんは胸を張り上体をのけ反らせてご立腹のご様子。
「似合わないのは自覚してるわよ。いいわね学生は、考えナシで制服で着てりゃいいんだから」
「似合ってますよ。アダルト感ハンパ無いス」
実際氏原さんは綺麗な人なんだと思う。
スタイルだっていいし、控えめな化粧でも十分顔のパーツが引き立つ素材の良さ。
それに僕は知っている。
なによりこの人の一番の魅力は『いいヤツ』なのだ。
「パーマかけたんですか?」
「前からよ。ドーリーナチュラルカール、ちょっと伸びてきたけど」
何を言っているのかはさっぱり分からないが、よく似合っていると思う。
病院ではかっちりと上に束ね清潔感重視のスタイルだが、今の氏原さんは肩より少し長い髪の先がユルユルと風を含んで揺れている。
こちらの方がより優しく暖かな印象で、氏原さんの本来の性格にも自然に溶け込んでいるように見えた。
「……」
僕は平日の駅前から氏原さんの誘導で移動する。自分の車を停めていたコインパーキングで硬貨を投入した氏原さんは
「はい乗って」
と僕に促すと自分も運転席に潜り込んだ。
「……」
「?」
「看護師って給料いいんですか?」
よく分からないが、コレは外車だろう。左にハンドル付いてるし。
革のツルツルしたシートにでっかいナビ、ヘンに車内を飾り付けてはいないものの元が高級車なので十分豪華に見える。
「いい新木?」
「……へ?」
がこ、と無骨な外車然としたギアを『D』に乱暴に入れた氏原さんは真っ直ぐ前を見ながら僕に告げる。
「いい年の女がいいマンション住んでたり外車乗り回したりするのは、覚悟の上の行動なのよ」
「覚悟?」
むう。
どうやら僕は地雷をめいっぱい踏み抜いたようだ。
「女の覚悟は貯金額に比例するってことよ、わかるこの意味?」
「あー、つまり結婚出来なかったからひとりで生きていくハラは括ったってこと……って、氏原さん氏原さんものすごいスピードが」
見たことも無いようなスピード感で周りの景色を後方にすっ飛ばす外車、氏原さんの目は血走っていたのかも知れないが怖くて確認できない。
「理解のいいコは嫌いじゃないけど、私の精神的安定を土台からぐにゃぐにゃにした勇気は余計だったかな」
「笑いながらハンドル離すのやめてくださいお願いします」
「謝れよアヤマレヨ!!三十路前の女がみんなメンタル強いなんて勘違いしてんじゃねーし!傷付くんだからな!痛いんだからな!」
「ごめんなさいごめんなさいもう言いません冗談が過ぎました」
僕は氏原さんの横で目的地に着くまでの間、昔のカレシの優しかった所や同僚の医師に口説かれ結局うまくいかなかった事などを90分に渡り黙って聞くことになった。
「……」
なんでモテないのかな氏原さん、全然美人なのに。
僕は涙目で訴え続ける氏原さんの横顔を見てそんなコトを考えていると
「聞いてる新木!?でさぁ」
「……」
氏原さんの男性遍歴は遡ること留まる所を知らず、今度は『初体験編』に差し掛かったようだった。