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ベクトルマン  作者: 連打
123/189

〔ハル編〕その光の中心で



「……」


好き放題殴りやがって藤崎め。


僕は着ていたトレーナーの袖で顔を拭った。

もうすぐ病院なのだ。せっかくシャワーも浴びて気分も一新したはずだったのだが、あのパチモノベクトルマンのおかげで台無しである。

せめて顔の血だけでも拭いておかなければ、僕は自意識過剰気味ながらもそう思った。



今から殺される相手の顔がボコボコ、なんて気分のいい物ではないだろうから。



「……」



さあ、いくぞ。


きっとハルは僕を待っている。確信めいたナニカが僕を突き動かす。

僕が終わらせてみせる。

そして繋げるんだ。

いつまでも何度でも、繰り返しハルの事を思い出そう。


ハルは間違ってない。

そう信じた僕だけがそれを可能にするんだ。


「……」


これは悲劇じゃない。

ハルの死はそんなものじゃない。

そんな考えはあいつに失礼だと思う。


最期まで誰にも頼らず、自分を曲げなかったハルはもっと自分を誇るべきで……その為には僕は悲しんだりしちゃいけないんだ。



「……」



きっとハルもそう思っているはずなのだから。


僕は前回侵入した要領で病院内に忍び込むと、慎重に且つ速やかに緩和ケア病棟へと歩を進める。

気分的なものだがエレベーターは使わなかった。

んー、なんていうか……『そぐわない』気がしたのだ。


なんせ今からヒトゴロシに向かうイカレた高校生が悠長にエレベーターなんか使うか?とそう思ったから。


「……」


いや、まてよ。

ここはむしろ悠長にいくべきかな。

『よりイカレてる』と思われたほうがそれっぽいかな?


ハルは


『よけいな事心配してんなこのバーカ』


と、笑ってくれるかな。


「……」


ああ。可笑しい。

不思議と面白い。

僕は階段を登りながら想像しつつ、少し笑ってしまった。


こんな僕が誰かを救ってあげられるなんて、その相手がハルだなんて。


「……今、いく」


小声でそう口に出してみる。階段の踊り場で呟いた言葉は登ってきた階下の闇に吸い込まれ誰の耳にも届かない。

でもそれでよかった。


元より誰かの理解を得よう、なんておこがましい。

藤崎の言う通りこんなことは常軌を逸している、僕はきっぱりと狂っているんだ。


ハルにさえ届けば、それで成功なのだから。



「……」



ハルの病室のある階に到着した僕は息を整えつつ階段部分と病棟との重たい扉を開ける。

すす、と硬質の通路を滑るように歩く。物音も物陰も無い、空調の効いた薄暗い闇の中……みるみる僕は『尖って』いった。


「……」


どっどっ、と自分の鼓動だけが耳障りな不協和音を奏で、それ以外は何も無い程先鋭化される。


「……」



鼓動それ自体になって行く僕がハルの病室の灯りを確認した頃、僕は僕の目にした光景が理解できずに足を止める。


「……」



開け放たれたハルの病室の扉、ハル以外の3つの人影。

その3つとも、僕には理解が及ばないでいる。


なぜ?


痛々しく点滴をぶら下げ最後に見た時より更に痩せたハルが、僕もみたことが無いような眩しい表情で



「……」


アキと抱き合っているんだ?


ごめんねおねえちゃん、そうハルの耳元で告げる日向秋。

その目には涙。

ハルの目にもそれ以上の涙。


2人はしっかりと抱き合い、その2人の声は螺旋状に絡まりあって解けることはない。僕のガラス球の目にはそう映った。


「……」



あ、あれ?

おかしいな。


僕は病室を覗く廊下でぺたりとしりもちを付く。

足に力が入らなかったのだ。


ん。

う、動かない。動けない。

僕はその場に縫い合わされたように身動きも取ることが出来ず、ただただ自分の2つのガラス玉を抱き合う2人に向けていた。



「……お父さんだよ日向姉妹の」


病室の中只一人僕の存在を認めた姉が、廊下でへたり込む僕にそう告げる。

そうか、あの2人の後ろで優しい目をしてその光景を見守る男性はお父さんなのか。


そうか。


不仲であり、見舞いにも訪れる事の無くなったアキと父。

ハルはほとんど居ない者としていたみたいだし、普段の会話にも全くと言っていいほど登場しなかった肉親があの2人。


なぜ今頃になって……。

ハルはあんたらなんか居なくたって僕が



「……っ」


僕が



殺してあげるんだ。



「もういいの」





姉は僕の首に腕を絡ませ抑え付けるように圧し掛かってきた。

もういい、って何がだよ。僕はまだハルを殺してあげられてないじゃないか。

あんな最後はハルらしくない。

暖かな家族に見送られ、別れを惜しまれてなんて。


あんたらが、なにを。


いまさら何をハルに言ってあげられるんだ?



「あんたの気持ちは届いてる。それがハルさんじゃ無かったとしても……私やカナ、梶君や藤崎君にね。今回はそれで我慢しときなさい」





ふざけんな。

どけよ、僕にはやることが。

ハルの最期を僕が引き受けなきゃ。



ハルは救われないじゃないか。



「……」



力が入らない。

声も出ない。

動けない。


いくらなんでも姉一人乗っかってるくらいでこんなに動けないものだろうか。


「春さんは嬉しいんだよご家族に囲まれて。あんたの気持ちや手段は間違ってるの。本当は気が付いてるんでしょ?」



姉が貧相な胸を僕に押し付けて、なにやらヨタ話を繰り出しているようだがうまく咀嚼できない。

僕は間違ってない。

ハルが間違っていないように。



「……」



でも、やっぱり僕は動けなかった。



「……」



なぜなら。


薄暗くひんやりとした廊下でへたり込んでいる僕に射したハルの病室の灯りが……とても眩しかったから。

その光の中心で笑顔で涙を流すハルがとても遠くにいるようで、僕の体からはどんどん力が抜けて行き。



「……」



ぎゅ、と。

姉の腕を掴むので精一杯だったから。




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