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ベクトルマン  作者: 連打
122/189

〔ハル編〕それはそれで(藤崎サイド)


僕の拳はこういうことするために出来て無いんだ。

勉強の為ノート取ったり、面白かった時に手を叩いて笑ったり、困った時に頭を掻いたり。


そんなときの為にあるんだ。


「っつ」


僕は新木の顔の大まかな目標目掛けてその拳を振り回す。


ごり、という不快な感触と後にくる沈んだ痛み。

こんな事して何が楽しいんだ?

意味が分からない。


僕は新木を殴りたい訳じゃないのに。



「お、じゅ」



そんなことを考えていたら、今度は新木の拳が飛んできた。


「……」



何度こんな事を繰り返すんだ?

僕も新木もとっくに顔を腫らし、手首の感覚が無い。

お互い慣れないことはするもんじゃないよ。


「……」


僕は鼻からタラりと流れる鼻血を啜りながら、新木の表情を確認しようとしてはみたが……前髪で隠れて確認できない。


「病院への道は……ここだけじゃない」


いつまでそうやって見ない振りでいくつもりなんだ?



「走って逃げたっていいんじゃないかよ。回り道していけばいい」



ここは何も僕を倒して進むなんてしなくていいだろう?

君の目的はあのコを殺しに病院に行くことなんだろう?

ここで僕らが殴りあう事に意味なんかないんだろう?



「僕は……常識人だからね。君の考えてる事なんか分からないし、日向さんがしてきた事だって全然理解出来ない。狂人同士なにやってんだか」



フラフラと僕は新木に近づく。

奇襲で僕を返り討ちにするつもりは無いらしく、新木はその場でバカみたいに突っ立っていた。



「僕に分かるのは、今日ここで君が病院に行ってしまうと悲しむ人間が沢山できるってことだ」



新木の想いが純粋ならば、なにをしても許される?

そんなわけが無い。

どんな理由があろうと僕はコイツを認めない。


お姉さんや他のみんな、ご両親だっているだろう。

そんなことは関係ない、そう思ってんじゃないだろうなこのクソバカヤロウは。


ああ。



「……」



なんかハラ立ってきた。


自分しか見えてない、自分と日向春とで……2人の世界で戯れて。

どんな理由があろうと殺人が正当化されるなんてあってはいけないのに!


そんなことさえ分からないままで!!


ほとんど無意識に僕は新木の胸倉を掴んだ。

きっとまだ目は伏せてるんだろう?

そりゃそうさ!

僕は何も間違ってない!イカレてるのは誰がどう見てもコイツなんだからさ!!


僕の目を、まともに見られる訳……


「藤崎」


と、ふいに新木は僕の目をまっすぐ見た。


「っ!!」


次の瞬間、僕の額が新木の顔面に激突する。

頭が沸騰しているようになにも考えられない。

僕はひっくり返った新木に馬乗りになって、ただガムシャラに殴った。


「なんで……なんで」



抵抗しない新木に無造作に拳を突き出す。

僕はどこまで理解できないんだろう。コイツはなんであんな目で僕を見られるんだ!?

なんであんな哀しそうな目をしたヤツが、殺人なんて発想ができるんだよ!!


「なんなんだよっ!!」



僕の振り上げた右手、新木はそれさえどうでもいいことのように僕の目を眺めていた。

それがどうしょうも無く、イラついて。

僕の頭は漂白されていくように。


----僕は。




「もう、やめとけ」


ぐん、と物凄い力で体ごと後方に転がされ、なにがなんだか分からないまま僕はその大きな影を見上げる。


「ケンカ慣れしてないヤツは加減できねえからなあ。お前ら2人ともバカか?お前らがケンカする理由なんざねえだろうが」


梶先輩は石でも齧ったような苦い顔で僕らを眺める。

そうか。

さすが古都先輩。

磐石の態勢で返り討ちってことか!



「ふ……ふふ」


「なんだおい、殴られ過ぎておかしくなったのか?」



そうじゃないス。新木はほとんど立ってただけでしたから!

しかし、古都先輩も人が悪い。


「ざまあみろ新木っ!!君のイカレた凶行なんかみーんなバレバレなんだ!!梶先輩も古都先輩に頼まれたんですよね!?」



『周蔵が人を殺めてしまうかもしれない』と古都先輩から連絡をうけた僕は、半信半疑ではあったものの事実を確認すべく新木に問いただした!!僕を選んで連絡してきた、その人選に僕は古都先輩の『かもしれない』部分を垣間見たのだ。本当だったとき僕じゃ止められない可能性だって多分にあるからね。

なにしろ僕はタダの常識人だしね!!


新木は予想に反して大真面目、キ○ガイ染みた過ちを犯すつもりだったけど……古都先輩は保険として梶先輩にも同様の連絡をしてたんだ。



「べべ、ベクトルマンがお前の企みを粉砕してやる!!梶先輩に勝てる訳ないけどね!!ばーかばーか!!」



「……鼻血でてんぞ藤崎。あとおまえ、他力本願もいいとこだなあ。なさけねえ」



「僕の目的は新木の『阻止』ですから!手段は問いません!」



「どんな正義の味方だよ」



なんとでも言ってください!

目的の為には手段なんかどうだっていいんです!!

それがベクトルマン2号!

気持ちダーク寄りのヒーローなんですからね!



「んまあ、新木サンから連絡あったのは事実なんだけどよ『バカを止めといて』ってな」



そうでしょうそうでしょう!



「やめた」



そう短く呟いた梶先輩は新木の腕を乱暴に掴み引き起こした。



「暫らく堅いもん食えねえなこりゃ」



新木の顔をジロジロと無遠慮に観察しつつ顔をしかめてちょっとだけ笑う梶先輩。

僕の顔も秒刻みでジンジンと鈍い痛みが覆う。梶先輩が現れたという安心感だったのかもしれない。

これで新木の企みは……



「病院、いけよ」


ブン、と新木の体ごと投げるように放り出す梶先輩。

って、え?


「ちょ、先輩?」


「いいじゃねえか」



駆け寄ろうとした僕に対する物凄い圧迫感。

梶先輩の迫力は僕の足を止めることなど視線ひとつ、実際僕は怖くて動けないでいる。


「……」



なにか言いかけた新木は、それでも何も言わず僕と梶先輩をちらりと見ただけでヨロヨロと走っていく。



なんでだ。

古都先輩から頼まれたんじゃなかったのか?

なんででくの坊みたいに新木の背中を悠長に眺めている?

あんた……一体。



「……なにしに、きたんですか」


「ぁあ?ま、結果的には見物だな」



新木の姿はすでに闇に溶け、ここに今あるのは街頭に照らされた薄らデカイ影。まだ、間に合う。


今から追えば新木に追いつけるんじゃないか?

身を翻し走り出そうとする僕は、なぜか動けない。



「やめとけって。好きにやらせりゃいいじゃねえか」



太い腕で僕の腕を絡み取っていた梶先輩は能天気にそう呟いた。


「……んな」



怖い。でも。

僕はもう止まらなかった。


「ふざけんな!!あんた……新木がヒトゴロシになってもいいのかよっ!!」


「ま、俺にゃ関係ねえ」



瞬間。

ごし、と。

僕は梶先輩を殴ってしまった。

少し意表を付かれ、目を見開いた梶先輩の視線は僕に穴を開けるように突き刺さるが……それこそ、関係ねえ!!



「僕は新木が犯罪者になるなんて絶対認めない!!絶対やめさせるんだ!!」



そうだ。

新木が納得していたとしても。

仮にその日向春本人の意向なのだとしても。

絶対、許さない。


僕は新木の。



「友達だからっ!!それの何が間違ってるんだよ!!」



どいつもこいつも。

まともなのは僕だ。

常識人はぼくなんだ!!



「……」



梶先輩は一瞬目を伏せ笑ったような表情をみせた、かと思うと次の瞬間跳ね上がる僕の顎。人を今から殴る、そういう心の動きって言うかタイムラグが全く無い。

僕は呆れるとも関心とも付かない、妙な感情に支配されつつもゴロゴロとアスファルトに転がされた。


「一発は一発だからな。でもまあ」



先程新木にしたように、僕の腕を掴み乱暴に引き起こすと梶先輩は言った。


「お前の心配は杞憂だ。そうはならねえよ」



「なんで……そんなことが」


言えるのか。

新木はホンキなのだ。梶先輩だって分かっているはずだろう?

あいつはホンキで……自分の好きになった子を。


「もう大丈夫なんだよ。周蔵にできる事なんざ残ってねえ、いや最初から無かったのかも知れねえがな」



ラーメンでも食いにいこうぜ、梶先輩はそう言って僕を担ぐように強引に引き釣り回す。

呟いた梶先輩の目を見たとき。

僕はなぜか梶先輩の言葉が不思議と真実を言っているように確信をもってしまった。


「……」


出来る事がない。

しかも最初から。


「……」



新木は本気だった。

本気で誰かを殺そうとする覚悟、それを全くの無駄足させるのは……いや、なんていうかそれはそれで。



「なんて顔してんだ藤崎。奢ってやるから心配すんなよ」



僕はなぜか……ひどく哀しくなった。




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