〔ハル編〕死神降臨(ハルサイド)
暖かいゼリーの中で緩やかにわたしは待っていた。
確かに感じたんだ。
『伝わった』と。
声に出した訳じゃない、返事を貰った訳じゃない。
でも確かにわたしの願いはあの人に伝わった。
「……」
臨界点を迎えようとするわたしは最期、あの人に全部委ねた。
あの、わたしの味方であろうとしてくれるオトコノコはそろそろこの病院を訪れるのだ。
そして。
優しさでわたしを包み込むように。
わたしを殺すのだ。
それはきっと、なんてステキな最期だろうと思う。
他人の生を全部飲み込んで今後の人生を生きていってくれる、そんな人間がいるだろうか?わたし以外にそんな酔狂なマネをする人がいるなんて。
悲しんでくれなくてもいい。
泣いて欲しくなんかない。
ただ、わたしの生を吸い込んで生きていってくれさえすれば。
例え法に背こうとも、倫理に反しようとも社会から弾劾されたって。
ししょーはわたしを殺してくれる。
わたしが変わってしまう前に。
「……」
するすると病室のドアが滑るように開く。
「……」
なぜだかわたしは『知っていた』ような気がする。
今日ししょーがこの部屋を訪れる事を。
ナースコールをすぐ押す事を条件にウジハラーに休んで貰い、息を潜めて待っていたのだ。
堰を切ったように心は跳ね上がり、血液は目まぐるしく走った。
ああ。
ようやくわたしの番。
わたしはやっと終われるんだ。
「……はじめまして」
「っ!?」
誰!?
わたしは驚きのあまり瞼を押し上げる。
薄暗い病室にぬぼぅと立ち上るようなスラリとした影、その姿に見覚えは無い。
でもその人の雰囲気に、わたしはナースコールの存在も忘れて見入ってしまっていた。
その女性はどことなく。
ししょーに似ていた気がしたから。
「一度会いたかったの。突然ごめんなさい」
ししょーのいつもの指定席、わたしの枕元の簡易なパイプイスに座ったその女性は柔らかい笑顔で
「話してもいい?」
と言った。
わたしは返事をしなかった。
でもその人の話を聞く事になんの躊躇いも感じない。笑顔の女性は何か、わたしにとって不穏な空気を発散していて……聞かなければならない気がしたから。
「私あなたのファンなの」
す、とわたしの手に触れるその人は暖かい笑顔でわたしを見る。
「大したモノだと思う。実際にやろうと思ったって出来る事じゃないよ安楽死の代行なんて。自暴自棄にも映るあなたの行動にはちゃんと一貫性がある。驚きだわ」
綺麗なひとだった。
その笑顔も佇まいも声も。
どこか凛として。
「あなたが友達だったらって何度も思った。きっと色んな面白い事出来ただろうし。病気のことは……悔しいの。残念に思います本当」
少し悲しげで。
乾いていて。
悔しがる眉間に寄ったシワまでも綺麗だと思った。
「あいつ……来ないよ」
あいつ。
その綺麗なひとはわたしに来ないと告げた。
「来させないから。あなたはあなたのまま亡くなって下さい」
は。
っく。
いつもの痛みとも違う、氷柱の宣告。
ぎし、と空気が歪んだ。
「私は新木古都。あなたの事を勝手に理解したつもりで、その上で全部飲み込もうとしたバカの姉です」
するすると言葉がわたしの頭の上を滑っていく。
来ない。
こない。
コナイ?
ししょーがここに……来ない。
「あなたのしてきた事をアイツは間違えて解釈してる。あなたはあんなバカに救ってもらわなければならないような半端な人間じゃないのに。ごめんなさい、バカが迷惑掛けたみたいで」
違う。
違うの!!
わたしはししょーが……ししょーがいなきゃ!!
「あなたの最期はあなたが決める。あいつに入る余地なんて無いし、在ったとしてもその役は別の誰かがやってくれるでしょう?」
いない!
そんな『誰か』なんて!!
肉親も、社会もわたしには何にも無いの!!
ししょーしか居ないんだよ!!
「……」
病室の中で入った亀裂、その隙間から絶望がわたしを覗く。
わたしは。
……わたしは最期もやはり、誰も救ってはくれないんだろうか?
所詮ヒトゴロシ、わかっていたのに。
こんなに。
悲しい、なんて。