ごぉが
ぶぶぶ。おおお。
いやあ……ぶれるぶれる。
僕はカラオケの個室の扉に手を掛ける。ん?あり?開かない?
「……」
おお。間違えた。UFOキャッチャーのガラスケースだった。ケースの中に居るごむごむの海賊に向かって僕は軽く会釈をしてメガネを探す伝説の漫才師のごとくフラフラと徘徊する。「めがねめがね」と呟きながらも探してるのはメガネじゃなくてノブ。扉のノブはどこだ?
「ちょっと君……大丈夫かい?」
上着を貸してくれたグッド・ガイが僕をある程度の距離を保ちながら声を掛けてきた。仲間になりたそうにこちらを見ているわけでは無さそうなので僕は無言で親指を彼に向けて突き出すことで返事の代わりとする。
サムズアップ!!
サムズアップ!!
「ああ……じゃ僕は失礼するよ……事情は全く見当も付かないけど」
サムズアップ!!
さむずあっぷ!!!!
「わ、分かった分かった!……なんだか知らんが、頑張れよ」
なぜか激励の言葉を口にするグッド・ガイ。しかし僕はそのドン引きの激励を甘んじて受けよう。ありがとう!謎のグッド・ガイ!
僕は3重にブレル彼の背中を見送りながら感謝の意を込め一回だけお辞儀した。
額の傷が少しだけ自己主張していたがまあ問題ない。タオルもグッド・ガイにもらったので鉢巻き状に頭に巻いてあり、今の僕は15パーセントだけランボーと化してるからね。い、痛くなんかないんだからねっ!!
僕は『ゴ』の付く台所の主のように壁伝いにズリズリと横移動する。めがねめがね……めがね?ノブ……そうだ。ノブノブ。
こつ、と左の手首に突起の感触。掴んでみるといやらしくヌルリと回転するじゃありませんか。
うへへへへ。上のノブでは嫌がっててもこっちは正直なもんだなあノブさんよう。うへへへ。
僕は扉を思いっきりひっぱり中途半端なBGMを掻き分けながら部屋の中へずい、と足を踏み入れる。
「あー!シューゾー帰ってきた!古都ー!シューゾーきたよ!」
女子高生は能天気な歓声を僕にぶつけるが、そんなオチも無い出口の見えなさそうな笑顔に付き合ってる暇は無い。
「ちょっとあんた……おでこ何したのよ。血が滲んでるじゃないの」
生徒たちを掻き分け僕に詰め寄るクサレ。
クサレの言葉にザワザワと他の生徒たちも僕の傷にトドメを刺さんと群がってくる。
「うわ。痛そう」
「これちゃんと消毒した?」
「わたしバンドエイド持ってる!」
偽りのいたわりを口の端の昇らせる女子高生たち。僕はそんな見え透いた懐柔策には踊らされないぞ。持ち上げて落すのはいじめの初歩だろ分かってんだよコノヤロウ。
「はいシューゾーくん、屈んで」
ひとりの女子高生が僕の正面に立ち塞がり傷口に手を伸ばす。
間抜けに流れ続けるBGM。
瞬間と瞬間の隙間。
「タオル取るよ?せっかくのイケメン台無しd」
ごぉが。うぃー。
「……」
ぺたりとしりもちを突く女子高生。何が起きたのか理解できていないように僕の顔を見上げている。キョトンとした表情。開かれた目。どうやら至近距離での僕の防犯カラーボールのようなゲップに恐れおののいているようだった。
「あんた……一体……」
僕の袖をグイ、と引き寄せ僕に肉迫するクサレ。喰らえ。
ごがぁ。
「ちょ!……あんたお酒飲んでるの!?」
むう。さすが姉。僕のカラーボールの効果が薄い。精神的ショックも受け付けていないようだ。
「僕はいじめられっこでしたっ!!」
「ば!なに言ってんのよ!?」
「空気が読めない!ノリ悪い!気持ち悪い!115キロもあれば鼻息だって荒くもなるし、コロッケだって10個は食べられる!」
「やめろっつってんでしょうがこの肉団子!!あんた私のイメージ粉砕する気!?」
シンと静まり返るボックス内。僕と姉だけがもみ合い絡まりあっている不思議空間。
「いじめの力学は縦横無尽に教室内を走っているのです!ちょっとだけバランスが崩れてたりちょっとだけ異質だったりするポイントが大好物!!姉だってこの後ろだか前だか分からない胸でいつ標的になってもおかしくなかった!!」
「てんめえっ!!いくら弟でも言ったらダメなことってあるんだぞっ!?身もふたも無いじゃないよっ!!こちとらウッスラ自覚はあったんだから!!」
うっすらなのかずーずーしい。
僕は姉から視線をずらし名前も知らない女子高生にロックする。
「誰をよぶ?」
「え……え?」
姉は僕の背中にしがみつきありったけの暴言を僕に投げかけているようだが僕は姉をロックしていないので居ないのと同じだ。デビルメイクライの法則より。
「誰をよぶ?」
「だれって……え?」
「だから!!」
なんでわかんないかな!?これだから3Dオンナは苦手だよ。察しが悪い!悪すぎる!
「あなたが理不尽な力の矛先を向けられ!唐突な嫌がらせを日常的にリピートされ!!誰にも言えない相談できないそんなとき!!ヤツを呼ぶでしょう!!」
「??????」
なんならもう僕が恐怖の対象にしか見えてないんじゃないだろうかこの女子高生。んーしょうがない。わからないってのは別に悪ではないからなあ。彼女を啓蒙するのも僕の役目なのかも。
「ベクトルマ-ン」
「え?」
「ベクトルマーン、はい言って」
「べ、べくとるまん??」
「そうだ!!」
「きゃっ!!」
僕は人差し指を彼女の鼻の頭に押し付け啓蒙を開始する。恐れおののいたこの顔を眩しい笑顔に変えるその日まで!!
「どうにもならなくなったとき。誰にも頼れないまさにその時!どうすんのどうすんの!!困るよねこまったよねえー!!そこでベクトルマンですよ!!全ての理不尽な力学を自分勝手に粉砕する!そう!ヤツの名はベクトルマン!!」
シネマ・ハスラーと言いそうになったのは内緒だ。
「『タスケテー。ベクトルマーン』だ!!言って、はい!!」
「た、助けてえ。べくとるまん……」
僕はひょい、と軽くその場でジャンプする。ゆっくり流れる時間の一部でおろかな女子高生はただ僕をあほうのように眺めるだけ。だがそれでいい。いまはそれでいい。
そして僕はゆっくりと着地した後、勝ち誇ったようにこう宣言するんだ。
「はいベクトルマンきました。なんか用?」