〔ハル編〕きぃきぃ
あー。
良い天気だ。
やること、行くトコ共に無い。
こんな休みは久しぶりだった。
「……」
病院に顔を出さなくなって一週間程経った日曜の朝、僕は自宅マンションから出かけることにした。
マンションの敷地内に設置されている公園でブランコに乗ろう、そう思い立ったのだ。
もともとあまり使われてはいない遊具が申し訳程度に並ぶ公園内は、日曜だというのに閑散としていてまるでエアーポケットみたいだ。ここは一年中マンションの建物の影になっているので真夏でも肌寒い、今の時期ならチョー寒い。
「……」
僕はブランコに乗り、漕いだ。
きぃきぃと少し耳障りな遊具の悲鳴をBGMに、ゆっくりと揺れてみる。
「……」
顎を突き出し上を見上げると、マンションの隙間を縫うような窮屈そうな空が白みがかった青色をしていた。
きぃきぃ
「……」
ハルの気持ちはあの病室の中でだけ有効だ、そう納得してしまいそうな穏やかな日曜。
「……」
なんにも出来ないと分かっていたはずの僕にあった、ハルに最期にしてあげられること。
「……」
ゆったり動くブランコにリズムをあわせる様なのんびりした時間の流れは、ハルにとっても僕にとっても当然なんの意味も無い。
「……」
閉店ガラガラ、シャットダウン。そう言われ続けたハルは環境に強制的に強くさせられたのかも。
「……」
氏原さんは言った。あのこだけすくわれない、と。でもハルはそれで良かったんじゃないだろうか?つい最近までは。
「……」
強いハルの最後の弱音、それを責められるヒトがいるのかな?
「……」
少なくても僕にはムリ。
「……」
僕の事が好きかどうかなんて全く関係ない所で……清々しいほど無関係この上無い、ハルに残された時間。
元々こんなもんに僕が出来る事なんて在る訳なかった、うん知ってた。
だとすれば。
「……」
臨終の際、手を取り合って最後の別れを告げる?
大声で名前を呼び、絶望のカレシを気取る?
今度生まれ変わったら、なんてヨタ話でお茶でも濁す?
「……」
きぃきぃ
きぃきぃ
きぃきぃきぃきぃ
きぃきぃきぃきぃきぃきぃきぃきぃ
「……そんな訳あるかよ」
うお!?
自分の声に驚いた。
思わずぼそりと呟いた言葉の、他人事のような響き。
「……」
……てか、え?
そうなん?
『そんなわけない』の!?
その線もアリっちゃアリなのかなあ、なんてチラッと思ってみたりしてたのに!?
「……」
――――ないない、なに言ってんのししょー!――――
かなあ?
――――無いよ!なめんな!――――
しかしファンタジーだなハル。これってアレ?テレパシー的ななにか?
――――ししょーの妄想でしょ?キモいししょー――――
妄想は認めよう。キモくはない。
――――そろそろだよ。もう身体保たないし――――
マジ?
――――まじ!キュートな寝顔で待ってる!――――
おーう。待ってろ。
そう呟いた僕は妄想の中のハルに苦笑いをひとつプレゼントすると、顎を突き出し上を見る。
「……」
マンションの隙間の青白い空。
「……」
きぃきぃ軋むブランコ。
誰も来ない日曜の公園。
妄想オタクの幻想体験。
「……」
さて。
いこうか。