〔ハル編〕通った?(姉サイド)
18時過ぎ、夕暮れ。
私はもう最近ではすっかりお馴染みになったカナの仏頂面を微笑ましく横目で見ながらファミレスで優雅にお茶を嗜んでいる。
何度目だろうかこうしてカナに呼び出されるのは。
ま、用件はいつも同じ。
「周蔵どんな様子?」
あのバカの事だった。
「いつもいつも飽きないねカナは。そんなに気になるなら周蔵のクラスでも様子見に行けばいいのに」
「まあそうなんだ……けどさ」
カナは指定席のファミレス一番奥、大きな窓際の席に座り道行く車のヘッドライトに目を移しながら眉間にシワを集め頭を掻いている。
綺麗な顔立ちなのに、実にもったいない。
「わたしってさ……ヤなオンナ?」
「え?」
今日はどんな切り口なのかな。
んー、と頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまうカナ。もう少しでミルクティーのカップを肘でひっくり返してしまう所だったので、私はカナのティーカップを端に少しだけズラしカナの言葉を待つことにした。
「……」
まだ混雑時とまではいかない時間帯、店内の有線が毒にも薬にもならない音楽を垂れ流している。
私は自分の注文したコーヒーの湯気を眺めながら感じる。会話の無いこのテーブルでのカナとの時間は最近のちょっとしたお気に入りタイムだった。
「わたしさ」
「うん」
考えがまとまったようで、カナは顔を上げ私に向き合う。
依然として眉間のシワは消えてなかったけど。
「日向春に嫉妬してるんだ」
「そっか」
自然な感情なんじゃないだろうか?
あのバカが好きって感情は私にはよく理解できないけど、好きなのを前提に置いた場合他の女のところに足しげく通う想い人の光景を見て暗い感情が沸くのはしょうがないと思うが?
「でもほら……そのこ、病気じゃん?」
「うん」
「なんならこの先周蔵と過ごせる時間なんてほとんど無いらしいし」
「そうみたいね」
「だったらいいか、なんて……訳分かんない上から目線でそのコに同情しちゃいそうで、さ。それって……周蔵にもそのコにも失礼っていうか、なんていうか……ヒドクねわたし?」
気になって仕方が無いだろうに、周蔵に会いに行かない理由はそれか。
カナはどう接したらいいのか分からないのだ。
日向春がもうすぐ亡くなるという事実、周蔵にかける言葉の選択……自分の立ち位置もあやふやなまま動けずにいる。
「もっと言えばさ……そのコ死んじゃった後落ち込んでる周蔵にうまいこと入り込めたら、なんて考えちゃうんだよ。さいてー、わたし自分がこんなヒドイ女だと思わなかったよ」
乱暴にばりばりと歯を食いしばりながら綺麗な髪を掻き毟り、自己嫌悪に苛まれるカナ。
正直なコなんだなあとしみじみ思った。そんなことイチイチ言わなくてもいいのに。
「だから、さ。まだアイツに会わす顔がないっつーか……頭ん中ちらかっちゃってて。古都……わたし」
「出来ることしようよ」
「……へ?」
「今の話で分かったのはカナって不器用なんだなあって事くらいだし。幸い今のカナには出来る事あるでしょ?」
私の満面の笑みを見たカナは露骨に嫌そうな表情を晒す。
「……なあ。疑う訳じゃないけどさ。今私が古都とやってる事って周蔵達に関係してるんだよね?」
うーん。
ま、疑うのも無理ないか。むしろ殆ど何も聞かず私の言う通りに動いてくれるカナに私がびっくりしてる位だからねえ。
「正直、分かんない」
率直な意見でも言っておこうか。
カナの正直さには私も正直さで応えねば。
「ワカンナイっ!?わかんないってなんだよ!!」
「いいのよ。いろんな事して結果が付いてこない事なんて世の中ザラに転がってんだから」
私は余裕たっぷりにコーヒーカップに手を伸ばし口元に持っていく。
我ながらメチャクチャな意見だったと口に出してから気付いたが、口に出しちゃったんだからもうしょうがない。
あら、意外。
このコーヒーおいしい。
私はコーヒーを啜りながらちょっとだけ後悔してみる。
「ま、まあそういうこと……あるよね」
あれ?通った?
私の乱暴な意見OKなのカナ?
「出来る事……するかあ!それしかないもんな!ありがと古都、話聞いてくれて!」
「う、うん」
ま、まあいいか。
本人は納得したみたいだし、なにか晴れ晴れした顔してるし。
…………。
今度。
カナになにかおいしいものをご馳走しよう。
私はそう堅く決心し、混み始めてきたファミレスの喧騒に揉まれながらミルクティーを一気に飲み干すカナを眺めていた。