〔ハル編〕イノシシの目
ハルにフラレた翌日、僕は学校に行った。
教室の一番後ろの席でツツガナク授業を消化する一日。藤崎や智香の背中を眺めるこの位置もすっかり板について、違和感どころかしっくり来さえしている。
この位置ってさあ、不良じゃないと成立しないんじゃ?なんて心配してたんだけど、意外となんとかなるもんなんだなあ。
時折感じるチラチラと僕を盗み見る視線はちょっとだけ気になったけど、まあ痛くもないしくすぐったくも無いので黙殺することにしていた。
「しゅーぞーくん!」
帰り支度もせず授業が終わると同時に僕に駆け寄る智香。
「……」
「ん?ああ、気にしない気にしない」
智香は放課後のクラスの関心を一身に引き受けるように視線を浴びまくっていた。
まあ、そか。
最近テレビに出ていないとは言え僕が周りから浮きまくっているのには変わりないし、久しぶりの登校なので……そうなるよなあ。
「ホントはみんな周蔵くんに興味津々なのよ。でもほら周蔵くんって世捨て人みたいなとこあるじゃん?話しかけ辛いだけなんだって」
智香は僕の机に両手を突き、顔を近付けながら内緒話でもするように僕の耳元でヒソヒソと告げた。ってか、誰が世捨て人だこのやろう。
「で?」
「ん?」
「『ん?』じゃないし!どういう経緯になってんの?」
ぴょんぴょんとその場で跳ねる智香。
「ど、どうって……」
「教えてよー。ねー」
気のせいだろうか?
僕を興味の対象として覗き込む智香の目はいつもの健康的な光が感じられないように思った。
「ほら、言ってみなってば!周蔵くん割とイケメンだからその……日向さんってコもう落としちゃったりする?あー、なんかソレあり得そう!」
不思議な違和感を纏わり付かせながらも智香は僕に対する質問を止める気配は無い。
僕の袖を引っ張ったり顔を必要以上に近付けてみたり、楽しそうなのは良いことなんだろうが……なんだろうコレ?
「……」
んー。
僕はカバンを手にそっと立ち上がる。なんだか居心地の良くない、据わりの悪い気持ちが拭えないのだ。
「ちょっと!話ハナシ!私周蔵くんの話まだ聞いてないんだけど!」
「いだだだだだ!」
僕の髪の毛を両手で力任せに掴み、そのままぐいぐい引っ張る智香。
あー、いかんですコレ。
これじゃ智香まで僕の同類に見られてしまう。
類まれなコミュ力を誇る智香とはいえ、学校生活における安全保障という観点から見たら『コミュ力』などこん棒程度の初期装備!僕なんかに関わったらそんな棒っきれ簡単に折れてしまうと言うのに。
「まままずいよ智香」
「なにが?」
なぜこの子は僕の髪の毛を離さないのか?
これじゃ放課後イチャついてるリア充みたいじゃないか?
それともいつのまにか僕はヅラ疑惑でも掛けられていて、智香はその検証でもしてるのか?
僕は残念ながらヅラじゃないぞ!
だから今!クラスの静かでそれでいながら徹底した好奇の視線を集めているこの現状は、智香の今後の学校生活にとって何の益にもなりはしない!
まさに『誰得』!!どうしちゃったんだ智香は!
「あんまり……」
ふ、と智佳の両手が緩む。
「心配させるんじゃないよーもー」
ぺしん、と離した手の平で軽く僕の頭をはたいた智香は周囲の視線など全く意に介することなく言葉を吐き出す。
「トモダチじゃんか私。周蔵くんの」
「……へ?」
「あれ?違った?違ったなら言って。今すぐ周蔵くんブン殴るから」
拳を堅く握り締め僕の頬に当てながら怪しく嗤う智香。
コレはホンキだ。
ホンキで僕をブン殴る、前歯の2、3本は覚悟しろと。
智香の目は僕にそう告げている。
「どうなの?」
この目、僕は見たことある。
「ヘンジ無いなら……」
「ちょちょ、まった!!トモダチだよ!まま間違いなく!!」
だよねー、とそう漏らしつつにっこりと笑う智香だったが……目力は依然として健在。この目は。
怒ったときのアイツだ。あのイノシシの目だ。
「周蔵くん前に言ったよね、私がいじめられても助けるって」
そういえばそんなコト言った気がする。多分だけど。
「まさか覚えて無いなんて事……」
「おおおお覚えてる!言ったよ言った!!」
だからいちいちその目すんなよ!!
トラウマになりそうだよもー!!
「だったら私も助けてあげるから。困ったら遠慮しないで相談してよね!」
ぺしんと僕の頭を再度叩く。
全く痛くない智香のじゃれ合う様な手の平はなぜかズシンとした質量を持っていた気がした僕は。
「と、智香」
「ん?」
なんだか無性に申し訳なくなって……それでも何も相談しない事を決めていた僕は。
「あ……ありがとう、ほんと」
そう一言だけ伝えぺこりと頭を下げた。
なんせ僕は中学時代友達なんか居なかったから、こんなときどうしたらいいのかさっぱり分からない。
僕はただ赤面症を再発させながら背中に吹き出る汗を感じつつ、何度も何度も頭を下げることしか出来ない。
「あたまなんか下げなくていいよバカ!」
それでも。
僕は他に出来ることが無い。
「その代わり私の事や藤崎、カナ先輩に梶先輩。それに古都先輩も、みんなの事偶には考えてあげてよね!それだけでいいからさ」
「……」
ニヒ、といつもの明るい笑顔で笑う智香。
僕は。
智香の気持ちがただ嬉しかった。だから。余計。
膨れ上がる罪悪感で窒息しそうになるのを顔に出さないようにすることで頭が一杯になっていた。