〔ハル編〕因果応報(ハルサイド)
「どういうつもり?」
あー。
この顔は怒ってる顔だ。
ししょーに会っちゃったのかな?
ウジハラーは私の病室に入って来るなり討ち入りでもしに来た様な形相でわたしを睨み付けた。
わたしってば、か弱い病人なのになー。
「納得いく説明を要求します……毎日毎日顔を出してくれてた友達をあんたはまったく」
静かにてきぱきと脈を取り体温を測るウジハラー。いつも以上に機敏な動作からはウジハラーの怒りバロメーターが窺い知れる。
超、怒ってる。
「ししょーなんか言ってた?」
顔を布団から半分だけ出しウジハラーをのぞくわたし。
ウジハラーは本気で怒るとものすごく怖いので、今はまともに顔を見られない。
「気になるなら自分で聞きな。ちゃんと謝って許して貰って、それから自分の口でちゃんと」
空気がビリビリするよー。
眼光が鋭すぎてレーザーでも出るんじゃないのかとビビっちゃうんだってばあなたの怒りモードは。
「んー。でももう来ないかも、てか多分来ないし」
「呼べば?」
「ムリー。そんなこと出来ないって」
いくらわたしでもそこまで厚顔無恥にはなれない。
わたしの美貌をもってしても、だ。
あー、わたしがいくら愛くるしくても世の中には出来ないことってあるんだねー。発見だよ。
「いいヒナタ?私がおとなしく笑ってるうちに新木に連絡しな。好いたホレタの話じゃないにしろあいつはいいヤツだ」
「知ってる」
変わってるけどね。
「新木は言葉は足りないし相当なレベルのバカだけど……」
「ウジハラーひでー」
黙って聞け、そういってウジハラーはわたしの布団をひっぺがす。
「なんだよこのシミ!」
布団の裏側にささやかに滲む水分。それを目ざとく見つけたウジハラーはわたしの目の前に晒しながら怒りを内包した瞳でわたしの言葉を待つ。
……。
むー。
「それは……」
「それは!?なに!?」
「長い入院生活で蓄積されたわたしの性の残骸と言いますか、年頃の娘のウレシハズカシい夢の跡と言いますか。平たく言えば自慰行為ってヤツで、って……いったい!!叩かなくてもいいじゃん!!」
ししょーの頭をひっぱたいた雑誌、まだ転がってたか。
ウジハラーは未だ話の途中だったというのに躊躇い無くその雑誌でわたしの頭目掛けて振りぬいた。
因果応報、とはこの事か。
「人が本気で心配してんのに下ネタで切り抜けようってか?言うに事欠いて自分の涙の跡をオナニーと?」
ごごごごごごごご。
え?
なにこの効果音?人間の身体ってこんな音出ないよね?
ウジハラーの目なんか光ってるし、なんだか頭頂部には陽炎らしきモノが……
「思いやりとか心遣い、人の優しさや他者との共感……あんたにはその辺りの道徳心が欠けてるみたいねえ」
みしり、とわたしの病室が空間ごと歪んだ。
両の目をギラギラ光らせたウジハラーはゆっくりと、それでいて確実にわたしににじり寄って来ている。
わたし、病気で死ぬはずなんですけど?
まだあとちょっとだけ生きたいんですけど!?
「ひぃなぁたぁぁぁああ」
「んきゃああああああああ!!」
………………………………。
……………………。
…………。
この時わたしは本気で怒った成人女性の狂気というものを初めて経験したのだった。
なにをされたかは……思い出すと鳥肌がしばらく消えなくなるので墓場まで持っていこうと思う。
ウジハラー、独身女性の怒り。
の巻。