〔ハル編〕どうすれば(氏原サイド)
「もう帰るの新木?」
廊下でばったり。しばらくは避けたい事態だった。
なんせ照れ臭い、昨日の今日でコイツと顔を合わせるのはいくらなんでも照れ臭い。
でも声掛けないわけにはいかないんだよなあ。だから面会時間の間はヒナタのトコ行くの避けてたのになあ。
「き、昨日は悪かったね愚痴って。ほらなんていうか……つかれてんのかなあ私。あは、はははは」
高校生に何泣きついてたんだろうな私ってば!
あんなこと新木に言ったところでコイツの重荷になれこそすれ、良い事なんてないのに。
まあ……でも一安心、か。
ここに来る事を新木が辞めてしまうんじゃないかってちょっとだけ危惧していた訳なんだけど、こいつは今日も変わらず愛しのヒナタに御執心ときた。
あー心配して損した。
「ん?……なんかいいことでもあった?」
廊下で立ち尽くす新木の表情はなんだか妙に晴れやかに見えた。
「ない、でですよ」
「そっかあ?なんかあったんだろ?」
私は自分の照れ隠しもあって新木の頭をわしゃわしゃと乱暴になでた。やめてくださいよーと新木は身をよじり、それでも表情は晴れやかなまま
「フラレました」
とそう言った。
……。
…………。
「……は?」
いまなんて?
「ハルは……つつ、強いんです、やっぱり」
「な、なあ新木……」
ヒナタはコイツが好きだった。誰が見たってそうだった。
私はなぜか手のひらからの汗が止まらない。
「ケンカでも……した?」
もう少し気の利いた聞き方は出来ないものなのだろうか私。
無駄に人生重ねてきた訳じゃないだろう私!
「そ、そんなんじゃないです。最初からそうだったって言ってました。だ誰でも良かったって」
確かに日は浅い。でも。
ヒナタは新木が来るのを毎日待っていたし、深夜痛みに意識が飛びそうになっても新木の名前をだせば目に力が戻ることもあった。誰でも良い訳なんかあるものか。
「新木……まさかお前それ本気にしてないよね?アイツものすごい意地っ張りだからなんか理由が」
・・・・
保たない。
ヒナタはもう多分新木がいないと。
そんなことは自分が一番よく分かってるはずだろうヒナタ!!
何考えてんだあのバカ!!
「どど、何処行くんですか氏原さん?」
血相を変えて背を向ける私の腕を新木はしっかりと握って……それでもコイツの表情はなぜだかずっと晴れやかで。
それがどうしょうもなくイラついた。
「なに笑ってんだよ新木!!おまえはそれでいいのか!?そんな訳無いじゃない!!お前まで『切って』たった独りで逝くって!?そんな……そんなことって」
ここが緩和ケア病棟近くの廊下で良かった。
昨日の醜態を繰り返すように私は新木の胸倉を感情に任せ掴んでしまっていたのだ。
誰も周囲にいなかったのがせめてもの救い、そう冷静に考えてはみるもののなかなか感情は収まってくれない。
ヒナタ。
なに考えてんだ。
なにが望みなんだよ。
どうすればあんたは。
「ハルの味方は氏原さんだけでいい」
「……」
やはり晴れやかに新木はそう言った。
私はその言葉の意味が分からなくてただ……なにを考えているのか分からない新木の目を覗き込む。
「僕はハルの望みを叶えるだけです」
望み。
ヒナタの願い。
新木にはそれがなんなのか分かっているんだろうか?
私は新木と自分との温度差を実感しつつも、全然納得できずに……掴んだ胸倉を手放せないでいた。