〔ハル編〕表情の隙間(藤崎サイド)
智香は一日の授業が終わると僕に声を掛ける。
ここ最近は必ず、もはや彼女の日課であるかのように。
「今日も周蔵くん休みだったね」
僕は机の中からノートの類を引っ張り出しカバンに詰め込みながら生返事を返す。もちろん知ってはいた。でも新木野事は気にしたってしょうがないじゃないか。
「三日も休んで何やってんのかなあ?昨日もそのまえもインタビュー無いみたいだし」
顔こそ出てはいないものの新木のテレビでの受け答えの模様はクラスの誰もが気にしている。
決して心配するキモチからではないのは間違いなく、単に面白いからだ。でも実際新木に近寄ろうと者は皆無、関わり合いになりたくはないから新木の席は未だ教室の一番後ろ。視線すら誰も向けずただ傍観している状況だった。
「藤崎なんか聞いてないの?携帯繋がらなくてさ」
僕が聞いていないと判断したのか、智香は僕の顔を覗き込むようにして問いかける。残念ながら耳は勝手に閉じられないので聞きたくなくても聞こえるというのに。
「……僕らが心配してもしょうがないんじゃない?」
「え?」
「新木の考えてる事は僕には分からないんだよ。もちろん他のクラスメイトだってそうさ、悪意がある訳じゃなくてもね。新木が休んでいることにほっとしてる生徒が大半なんじゃないかな」
「藤崎つめたーい」
「見なくていいもの、しなくていいこと、そういう面倒そうなところに新木は自分で突っ込んで行っただけだから。僕にはフォローのしようがないのさ」
「そう言っちゃうと、そうなんだけどさ……でも、」
「僕帰るよ。今日は例の悩み相談も無いし帰って勉強したいんだ。相変わらず授業に着いていくのに必死だからね僕は」
僕は多分意識的に智香の質問にほぼノータイムで返答していた。聞かれることは大方予想がついたし、内容だって昨日やおとといと大差は無かったから。
僕はカバンを手に椅子をがが、と引く。妙に手に触れたパイプの部分が冷たく感じた。
「あ!そうそう、知ってる?なんかカナ先輩と古都先輩が面白そうな事して……」
「じゃあ……また明日」
「……うん」
智香の言葉を遮り僕は教室を後にする。
きっと『つまらないヤツ』だと思われているんだろうが実際つまらないのだから見栄張ったってしょうがない。
「……」
新木に会ってからの高校生活の方が僕にとって異質なものだったんだ。僕は別に中学でも目立つほうでは無かったし何か特技が在ったわけでもない。
他の生徒にどう見られるかが僕にとっては大事だし、実際イヤでも気になってしまう。身体に染み付いた空気を読むクセが大事だと思いこそすれ邪魔だと思ったコトなんか一度も無い。
僕は中学時代成績は上の下、バトミントン部で身長だって真ん中あたりの平凡な一生徒。それで良かったしそれが良かった。
いじめに遭うわけでもなく話し相手に困るわけでもないからね。
先輩相手に殴り合いだの、職員室で虚言を吐くなんてのは僕のキャパを超えていたんだ。僕はそんなんじゃ……
「藤崎君」
背中から声を掛けられる。新木ほどじゃないにしろ僕もまだゆるいシカト状態にあり『久しぶりに藤崎君なんてよばれたな』なんて思いながら振り向くと。
「シューゾー君……どうしてる?」
少しだけ化粧をしてるんだろうか?
それに申し訳程度に着崩した制服を上手に着こなした理子ちゃんが廊下に立っていた。
「なんかちょっと心配で……ほらあのひとめちゃくちゃな暴走したりするから。最近エスカレートしてるみたいだし」
久しぶりに話す理子ちゃんは肩まで伸びた髪を照れくさそうにかき上げながらそう言った。
クラスにもうまく溶け込めているんだろう、なにか以前より堂々とした佇まいに映る。前の純粋さが少しだけナリを潜め、落ち着きがその凹んだ部分を埋めるように覆っていた。
「りこー。先行って部屋とっとくからねー」
「うん、よろしくー」
ついっ、と僕らの横を通り過ぎて行った2名の女子生徒と軽い感じで声を交わす理子ちゃん。友達なんだろう、気兼ねないぶっきらぼうさが感じられる。
「今からカラオケ行くの」
に、と穏やかに表情を緩ませる理子ちゃんからは以前の悲壮感など微塵も感じない。この子はこれで良かったんだと思う。
むしろ新木や梶先輩といた時の、元気さや無邪気さや純粋さはムリしていたんじゃないかと思うほどだった。
「……新木は……大丈夫」
「……え?」
「多分理子ちゃんが気にする事じゃないってば。アイツはホラ……ちょっとオカシイから、心配するだけ損するって」
「だよね、シューゾーくんってほんと何考えてるか分かんないもんね」
「そーそー、イカレてんだアイツは!行ってきなよカラオケ。待ってんでしょ?」
うん、そーする。
そう言った理子ちゃんはじゃーねーと先程の女生徒を追うように廊下を小走りに去っていった。
「……」
きっと見間違いなんだろう。
新木のハナシをしているときの理子ちゃんは……表情の隙間から以前のような陽射しみたいな明るい笑顔を覗かせていたのは。