してたじゃないか
「帰るの?」
壁に寄りかかるように……まるで負け試合の後のボクサーばりの脱力感をこれでもかと身にまとっている僕に対しての姉のこの発言はどうなのよ!?あんた聞こえてたろ!?
「かかか帰る!!もうしょしょしょ紹介は充分だろ!?」
いつもより沢山回しております!!呂律をたくさん!!
まだ体の強張りは取れていないので走り去ることは困難だが、這ってでも帰ってやる!!
「ちょっと機嫌悪かったんだよ。そんなヘンな奴じゃないよ梶君」
「けけ怪我したらどうするんだよ!!なんで僕がこんな目に合わなきゃならないんだ!?」
くだらない!全くくだらない!!こんなのが嫌だから僕はこういう場を全力で避けながら今まで生きてきたのに!
僕はそういうんじゃないんだよ!適材適所!!僕の『適所』は絶対ここじゃない!!今でもない!!
「そっか」
「そうだよ!」
姉はまだ動こうとはせず僕の足元をじっと見詰めている。
なんとなく去りにくい空気。居心地の悪い空間。
音楽は未だに鳴り止まず扉の隙間から溢れ出していた。
「わかった」
不意に跳ね上がる姉の顔。
「ありがとね来てくれて」
なんだよその顔。
「19時には帰るって父に言っといて」
お礼を言われる筋合いなんか……
「気を付けて帰りなよ」
……あ。
くるりと姉は体の向きを軽やかに反転させるとすたすた歩き出す。
その背中を見ながら僕はその場にペタンと腰を落とした。
他のお客さんも通る筈のカラオケBOXの通路。いやここが飛行機の滑走路だとしても僕はペタンと腰を落しただろう。
「……」
廊下の少しだけ開いた窓ガラスをボーっと眺める。
そうか。そういうことか。
僕が推薦決まったのは9月。姉がその事実を知ったのだっておんなじ時期。
嫌だったのは分かってる。あたりまえだ。僕が姉の立場だとしても同じ事を考える。
でもあの姉は「止めろ」とは一度も言わなかった。他の学校だってまだ受験は出来た。姉が本当に嫌ならそう勧めたはずで、僕が断らないであろう事も姉なら分かっていたはず。
確固たる動機があった訳じゃないんだ。僕だってそんな風に言われたら拒絶はしなかったと思う。
でも入学後の事しか姉は言わなかった。
毎朝自転車漕いでのランニング?体重管理?全部僕のためじゃないか。
好きの反対は嫌い?あー確かに姉は僕が嫌いなんだろう。そこは自信あるよ。でも。
好きの反対は無関心だ。姉は僕に無関心だった?うっとうしいほど干渉されたろう!嫌いではあるがチャンスをくれていたんじゃないか?
だから。
さっき振り返った姉は。
・・・・・・・・・・・・・・・
悔しそうな顔をしてたじゃないか!!
「おい君……こんなとこで」
完全に初対面。
通路を塞いでいた僕に注意を促そうと声を掛けてきたサラリーマンとスーツの女性に対し、僕は座ったままぐるりと向き直り合い対峙する態勢を取った。
「な、……なに」
訝しげな表情を僕に向けた女性。しかし元いじめられっこの僕はその手の視線は免疫付きまくりなので全く効かない。ええ効きません!!
「おおおおお願いします!!」
ゴンッと鈍い音がして衝撃が後頭部までつきぬける!!眩暈もするし手足に微かな痺れも伝わってきた……しかし見事!!
誰が見ても惚れ惚れするような土下座!会心の土下座!THE DOGEZAだった!!
「お、おいどうしたんだ?やめt」
「その上着!!にににに2分だけでいいんです!!貸していたたただけないでしょうか!?」
ぐーりぐーり額をプラスチック製の薄いタイルに擦り付ける僕。まだか!?まだたりないのか!?
ほーれぐーりぐーり。
「き、君!血が出てる!額から血が出てるって!!」
ヘタレオタの精一杯の意地。是非とも見ていただこうじゃあーりませんか!!
クサレ3Dめこのままじゃスマサンゾ!!