〔ハル編〕からんころんからん(カナサイド)
意味が分からない。分からな過ぎてアブラ汗と笑みが同時に出る、という体験を初めて味わった。
確かに『やる』って言った。わたし『やる』って。
「……」
わたしは裏路地を選んで……そりゃあもう選びまくってなるべく人目に付かないようにマンションへと向かう。こんな格好で知ってるヤツに会うわけにはいかない。断じて。
駅前での訳の分からない演説、誰も見てねえだろうな……なにしろあん時は恥ずかし過ぎて誰の顔も見られなかったからなあ。
大体なんだよこのかっこ!?そりゃまあ古都だっておかしなかっこしてたけど、わたしの方が誰が見たってイカレてる!!
いつもなら絶対しないオバサンみたいなナチュラルメイクにギャングスター真っ青のゴールドガウンコート!!イミテーション丸出しのでっかくて品の無いネックレス、どこで買ったんだって問い詰めたくなるような極彩色のリング4つ!!
以上のネタ振りが効果抜群に効いてるであろう……下駄。
げたって……なんだよ。わたし時代劇以外で初めて見るんだけど。
ってか、踵イタイ。木だし。これ木だよね!そりゃ痛くなるって絶対!!
っていうかわたし!!モデルなんですけど!!(怒)
からんころんと深夜の街の裏路地を徘徊する売れっ子モデル……悪い冗談だ。
いつもならわたしはビルのウインドウに映る自分の姿の確認は怠らないんだけど……この格好の時のわたしはとてもじゃないけど見られない。コスプレにもなってない、頭のおかしいただの美人でしかないんだもん(ギリギリまだ自我保ってる)。
「……」
もう少し。わたしはいま自分のマンションの裏側まで辿り着いていた。
あとはぐるりと表側の玄関まで光の速さで移動しオートロックの番号を叩き自室に逃げ帰るだけである。
「あっちゃー、なにやってんのカナ」
もう少し、もうあと少しだったのにぃぃぃ。
マンションのエントランスの短い階段に女の子が座っていた。派手なメイク短いスカート、見せるためのTバックに編み上げブーツの顔見知り。
同じ事務所のモデル仲間だった。
「まーねー。カナが何しようといいんだけどさー関係ないし」
仲間とはいえ所属が同じというだけ。古都に対しての感情なんかには全く及ばない薄い関係。友達といえば聞こえはいいが『オンナトモダチ』程うさんくさいものは無い。
はっきり言えばあまり関わりたくない人種だった。多分このコもわたしの事はキライなんだと思う。
「売れてっからってちょっとチョーシ乗っちゃってる?ちゃんと顔出しなよねー。『つれてこい』ってうるさいのオーナー。ここの家賃だって安くないでしょ?それともまだ『パパ』繋がってる?いいなー売れっ子は」
マンションの玄関を顎で指し嫌味タラタラでわたしを眺める女の子。正直コイツ名前出てこねえし。
「ちゃんと行くから。あんたはせいぜい今のうちに稼いだら?『売れっ子』の登場前にね」
「はぁあ!?」
品が無い、なんて思うのは古都とツルんでばかりの影響かなあ。
ちょっと挑発したくらいで……キスすんじゃないかって位カオをわたしに近づける女の子。
「サボりまくっといていつまでナンバー入ってるつもりなんだよテメエ……言っとくけどあたしあんたなんかガンチューねえから」
「わざわざパシらさせられて大変だねえ。しょうもないプライド抱えてるから気づかないの?気づきたくないだけでしょ?」
「なにが!?」
「こんなとこまで使い走り、わたしにはオーナー頼めないと思うよ。オーナーさ、自分が来ないのはなんでだと思う?」
目が血走っている。
このコにとってやはり今の扱いは不本意なんだろうねー。
「……なんで、だよ」
ほーら。聞いちゃう。気になるから。
どうしても知りたくなっちゃうんだよね。でも
「自分で考えたら?そのうち仕事には行くから。ごくろうさま、じゃーね」
教えない。
わたしの背後で涙流しながら歯軋りする音が聞こえてくるようだった。このやり口は、古都だ。
傍若無人な親友の……相手をエグル手腕をちょっとだけ真似してみたんだけど予想以上の効果、それにスッキリすんなあコレ。
わたしは謎の満足感を胸にエントランスの階段を華麗に昇る。
からんこらんからん。
「……」
いくら優雅に昇ってみても……やはり下駄は鳴るのね。
……ま、いっか。
からんころんからん。