〔ハル編〕どんなヤクザだよ!?
ハルの病室から氏原さんに追い立てられるように家路をなぞる僕。
「……」
まあ、23時回ってたし面会時間はとっくに過ぎてたし。
僕はおとなしく自宅マンションへと向かい、ついさっき到着したところだった。うーん、気が重い。
「……」
扉を前にしばし逡巡、僕は未だ自宅マンションの中に入れずに居た。
マンションの廊下に設置されている蛍光灯は煌々と僕を容赦なく照らすが、そこから勇気は貰える訳では無いので中々踏ん切りが付かない。
あのイノシシ、テレビ見ただろうなあ。何気にチェックしてるっぽいし。調子乗りすぎたよなあ。最近イノシシの影が薄かったのでヤツの事を失念していた。この手の悪ふざけはヤツの嫌う類のモノだ、間違いない。
あの変人親父に何を言われようと、どう思われようと全く意に介さない自信のある僕ではあるがアイツはダメだ。あの……特に最近のイノシシだけは。
言葉こそ交わさないが最近のアイツは……正直怖い。
なにをしてるんだか知らないが帰りはいつも遅く22時近くになるのもザラ、帰ってきたら帰ってきたで虚ろな目をぶらさげて不気味な笑みを浮かべているのだ。
夜な夜な近所の野良猫の息の根でも止めて回ってるんじゃないだろうか?普段は動物好きの振りをしてはいるものの、ついに本性を隠し切れなくなり凶行に及んでるとしてもなんら不思議ではない。むしろ僕にはその情景がありありと脳裏に浮かんでおる!!
こええええっ!!
あの実行力に病み成分まで取り込んだイノシシはまさに無敵!!ロジックの強固な鎧を纏うイカレ女子高生の誕生に僕は戦慄をキンジエナイ。口でも狂気でも全く勝てる気のしない僕に出来ることは隅っこで震えるのみ、姉の凶行を眺め恐れおののく自らの姿が……
「何玄関でブツブツ言ってんのよ。早く入りな」
うおっ!?
いつの間に開けたのか……姉は玄関の扉を半分ほど開け頭だけ出し僕に声を掛ける。
「って……そそその、かっこう?」
「私も帰って来たばっかりだからまだ着替えてないの。はやく入りなよ。着替えたいし」
なんと表現すればいいんだ?
全身白ずくめのレースのついたカーテンのような正体不明の服に……普段気にしたことも無かったんだがコイツ……メイクしてんのか?しかもデコには幾何学模様の落書き……ってか、それで出掛けてたのかよ!?
「今日お父さん夜仕事なんだって。書置きがあった」
マンション内の廊下で僕の先を歩く姉は背中でそう呟く。はっきりいってあんな変人どうでもいい。あんただ、あんたのその格好の説明を激しく要望する!マジで怖いから!
裾が汚れるのを気にしてなのか、両手で軽く謎ドレスを掴み上げしずしず歩く姉に意を決して問う。
「ああ、あのさ」
「この格好に何か言いたいなら覚悟してからにして。あんたの馬よりマシでしょ?それともテレビでスベリまくったあんたの取った行動の発端から結末まで微に入り細を穿つようにいやらしく粘着質にあんたを問い詰めても私は全然構わないのだけれど」
「きょ、今日の献立は……」
「パスタとサラダ」
「りょりょ、了解」
こ
こえええええっ!!
なに怒ってんだよこのイカレイノシシは!!まだ何も聞いてねえし!!質問先回りしてしかも脅すってどんなヤクザだよ!?
気になるけど……僕には聞く勇気は無い。いや、まったく。
さて、
なにパスタかなー?(震え声)