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ベクトルマン  作者: 連打
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〔ハル編〕『+×$&@』(氏原サイド)


通院患者の数は目に見えて減っているようだった。

変わりに増えたのは大きなカメラを担いで首にタオルを巻いた無精ひげの男たちと、隙の無いナチュラルメイクを施しマイクを片手に門の前に陣取る女たち。


「……」


日々の業務をこなしつつ視界の端に常にいる。うっとおしい事この上ない。


「氏原先輩はどうするんです?」


後輩の看護師の女の子がベッドのシーツを畳みながら私に問いかける。その目はなぜか楽しそうに光っていた。


「どうするって?」


「やだなぁ。今って有給消化のチャンスじゃないですか!普段言ってるクセに、『彼氏作るヒマがない』って」


ああ。

なるほど、そういう見方もあったか。看護学校出たての21歳の職業意識なんかこんなもんなのよね。かくいう私だってこのコの年の頃は休むことしか考えてないような人間だったので、咎めるのも気が引ける。


国定の大病院である。このコは病院が潰れる、なんて夢にも思ってないだろうし患者さんだって救急の場合であれば迷わずここに駆けつける。

どうも、報道が中途半端な気がするのよね。腰が引けてるというか。


事実警察の動きは無いし、ワイドショーのレポートだけじゃゴシップ止まりの印象しかもたらさない。最初の雑誌が発売された頃に比べれば……少しだけ落ち着いた感はあるが、そんなことはお構いナシに病気になる人はなるし、怪我だってする。


周りの喧騒とは無関係に、今日も病院は通常営業だった。


「あ!今日はあのこ来るんですか!?」


「あのこ?」


「新木クンですよ!あのこのインタビュー毎回面白いんですよね」


「……」



……頭痛の種がヒナタだけじゃなくなって3週間が経つ。

私個人の考えは見舞いを断わろうとさえ思っていた。時期が良くないし、新木にも多分いい事は無いだろう。ヒナタには悪いが……そう思いつつ毎日病院に通いつめていた新木を待っていた日の夕暮れ。


『あ、ちょっといいですか?』


病院の駐車場に陣取っていたテレビのスタッフが新木に駆け寄るのを見た。


『よ、よくはないです』


『前一度インタビューさせていただいた者です。覚えてますか?』


新木の返答など全く聞いてはいない。

――病院で誰かが死ぬことが珍しいのか?――そう新木は皮肉を言ってリポーターを煙に巻いた放送があったのが最初。どうやら生放送だったようでそのまま流れてしまったらしいから、ひょっとしたらこの女性は恥でも掻かされたと思っていたのかも。

だって新木に対する口調はキツメだったからね。


『あなたが前回のインタビューでおっしゃったことは、ただの一般論ですよね。この事件に対する言葉をお聞きしたかったのですが、言葉至らず申し訳ありませんでした』


全く謝っていない。女性は言葉だけ繋いで今度こそ誤魔化されないという気迫が目から発射されているように新木に詰め寄る。

いるいるこういうオンナ。

いい学校出てプライド背負い込んで生活してる窮屈なセレブもどき。

まあ気が強くないとレポーターなんて出来ないか。


しかし一方的である。

新木は何も言ってないのに捲くし立てる女性の斜め前にカメラマンがいるのだが、苦笑いしているようだ。まさか毎回こうなのだろうか?



『あなた問題の少女と面識あるらしいですね。どんな性格の少女なんですか?なんでもいいから教えて頂けると助かります。身長とか話す口調、好きな歌手とかなんでも』


新木は女性の顔を見ながら面倒そうにぼそりと呟いたのを思い出す。


『+×$&@』


『……』


停まる時間、あれには正直笑った。

新木は放送できない単語を呟いたのだった。女性の性器の名称を。


『+×$&@』


『……ェ?』


『+×$&@』


新木は完全な無表情を武器に女性器の名称を連呼する。

テレも躊躇も何処吹く風、一片の曇りも感じない立派な変態である。


『ちょっと……なにを、』


『+×$&@』


『ああああああっ!!ダメ!!なんなのこのこ!?きもち悪い!!』


両方の手を新木にかざし手首の先をブンブンと勢い良く振るレポーター、カメラマンは撮影を中断するのかと思ったらニヤニヤしながら撮影は続行。生放送では無かったようだ。


『ああ、あなたの+×$&@に*%&を●◎$して☆%ё+×$&@』


『きゃああああ!?はぁあっ!?あんた自分が何言ってるのか分かって』


よくそんなことが思いつくなと言う様なシモネタ全開の罵詈雑言。新木の口調はいつも通りたどたどしいが、忌まわしい単語が溢れる溢れる。清々しいくらいだった。


『じゃじゃ、じゃあ僕は%★Юを☆%ё+×しなきゃならないんで』


『二度とカオ見せないで!!今度やったら訴えますから!!』





後日、ピーピーけたたましく鳴り響く世にもみっともないレポートの映像がワイドショーに流れた。これがはじまり。

どうやらこの映像、評判が良かったらしいのだ。清楚然としたキャラクターで通していたこのレポーターの女性の『素』が見れた、貴重な映像であると。意外と人気者だったらしい。


毎日病院に現れる新木、イライラしながらレポートする女性のコーナーらしきものが出来たと聞いた。私は怖く見ていないが後輩看護師は毎回楽しみにしているらしい。



「今日は新木クンなにするのかなあ?先輩知り合いなんですよね、紹介してくださいよー。ちょっとかっこいいし」


ニヤニヤと何かよからぬ事を考えながらシーツを畳み終え腰を伸ばす後輩看護師。私もその頃にはカルテの整理を終え席を立つ。



あ、そういえば。



私はこの件以降、アホらしくて新木に『君』をつけるのやめた。



あいつ、意外とトンデモナイわ。







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