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ベクトルマン  作者: 連打
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〔ハル編〕スポポポーン



ふん。相も変わらず晴天である。

たまにはさー。槍とかスニッカーズとか女の子とか降ってきてくれれば、この退屈な日常のイチ話題として取り上げようというのに。

僕は権力者然として廊下の真ん中を闊歩する。カッポ、である。カダフィ・プーチン・チェゲバラ級でないと中々カッポって出来ないよね。


「独裁者バンザイしてる場合じゃないよ新木!ちょっと!こっちこっち!」


藤崎にしては珍しく朝からエネルギッシュである。僕の襟を力任せにふん掴み周りの目などお構いナシに引きずっていく。


「ふふ藤崎?僕まだかかカバン教室に置いてきてないよ」


遅刻扱いされては堪らない。勉強付いていけてないのに素行まで印象悪くしたくなかった。


「のんきなこと言ってる場合じゃないよ新木!」


藤崎の力は全く緩むことなく一直線に向かう先は、学校内で朝から誰も居ないような、屋上へ向かう階段の踊り場。

能天気な日差しが一筋差し込む、それでも薄暗い校内の死角。

ソコまで着いて僕はやっと藤崎の拘束を逃れた。


「これ!教室はこの話題でモチキリだ!」


藤崎は自分のポケットにねじ込んであったらしいクシャクシャの雑誌を僕に突き出す。表紙には『大病院の魔窟!緩和ケアの闇』と書かれた赤黒いロゴが踊る。


「一応固有名詞は伏せてあるみたいだけど、こんなの地元の人間だったらすぐ特定できるよ!で、あの日向姉妹だってのも一目瞭然さ!」


そんなもんか。

いや、噂ってのは本当に早く伝播するものなのだと感心する。このモデルをサンプルに都市伝説の研究とか出来そうな勢いだ。


「で新木!ここに書いてあるのは事実なのかい!?」


ペラペラとページを眺めていた僕に詰め寄る藤崎は余裕の無い瞳で僕をみる。そして辛抱強く僕の返答を待っていた。興味や野次馬根性ではない真摯な眼、まっすぐな視線。


「……うーん。た多分」


「事実なの!?あの変なコのお姉さんは病院の中で何人も殺してるって書いてあるんだよ!?」


「あ、アキもそういってた。ほほ本人もソレらしいこと言ってたし」


「本人が!?そう言ったの!?殺してるって!?」


たしかそんなことを言っていた。『カミサマは、いるけど嫌なヤツ』的なニュアンスでだけど。

うーん。

僕が頭をボリボリ掻いていると藤崎は何も言わず僕の肩を掴む。今日の藤崎はとにかくエネルギッシュ満載である。


「新木!もう病院行くのやめなよ!巻き込まれちゃうぞ!?こんなの全然洒落にならないよ!」


「やや、やめない」


「……え?」


「や、やめないよ」


「だって……え?何言ってんだよ新木……そのコ人殺し、なんだろ」


「そう書いてああ、あるね」


「本人も……認めてるんだろ?」


「うん」


「だったら」


「やめない」


なんでえええっ!?という藤崎の叫びが誰も居ない階段の踊り場で反響する。頭をかかえてのけぞった藤崎はそのまま自分の髪を掻き毟った。毎朝ワックスでキメてるだろうに、あーあーそんなんしたら無造作ヘアにも程があるってものだ。


「ここにいたかああぁっ!!」


猛然と階段を駆け上がってくる女子高生発見。

智香は僕と藤崎のいる踊り場へ、文字通り転がるように踊りこんだ。


「藤崎も!ちょちょちょちょっとこれ!見なさいよコレえっ!!」


智香は自分のスマホをポケットから取り出し僕に向かって突き出す。今日はなにかと誰かに何かを突き出される日だなあ。


「雑誌じゃなくて?」


ヨレヨレの藤崎はスマホを覗き込みながら智香に声をかける。


「雑誌もだけど!!コッチのほうがヤバイの!!」


タッチスクリーンにタッチする智香、すると始まる動画の再生。朝の情報番組のようだった。


『地方都市のオアシスになるべき巨大病院の中での惨劇、一体誰がこのような事件を予想したでしょうか』


流暢で良く通る、それでいて俄かに辛気臭い女性のレポーターがマイクを片手に病院のすぐ前の門のところで滔々と語る。


「うわぁ……もうこんな」


「違うの。この先!インタビューするんだけど、ソレ受けてる高校生の男の子!足しか映してないけどこれって」


小さなスクリーン、動画の中のレポーターは質問する。


『この病院に今日はお見舞いですか?』


『は、はい』


返す高校生。


『この事件ご存知でした?』


雑誌を簡単に紹介するレポーター。藤崎の持っていた雑誌とは別のもののようなので複数の雑誌がこの件を扱っているのだろう。ご苦労なことだ。


『どのように捉えたらいいのか、急にこんなこと聞かれてもとお思いでしょうが。どう思いますか?お知り合いがこの病院にいる立場のあなたから見て』


『ええーと……ふふ不思議ですか?』


ありありとわかるリポーターの一瞬の戸惑い。こんな小さな画面でも分かっちゃうんだなあ。


「この高校生って……まさか」


藤崎は震える指先でスマホの画面を指しながら僕を見た。そういえば昨日の帰り誰かに何か聞かれたっけ。内容まではよく覚えてないけど。


『不思議……といいますと』


『びょ病院で誰かが、死ぬことがふふ不思議ですか?』


青ざめた表情で黙り込む智香。一度見てるだろうに新鮮さを失わない理想的なリアクション、さすがミス世渡り上手。


そのとき藤崎は、といえば


( д) ゜ ゜ スポポポーン 


↑↑↑↑

このAAが真っ先に浮かんだ。いや、そっくりだ、誇っていいぞ藤崎。



『いや、ですね。そういうことではなく……あっ、まだ……』


『かかカミサンが卵買って来いって、言うんで』


『あの……え?』


動画の再生を終えうな垂れる智香、スポポーンの藤崎。

強い日差しと影のコントラストに彩られた階段の踊り場で3人の時間は停止、そういえばもうすぐ授業始まるんじゃないかな。


「……この際最後のコロンボの物真似がスベッてたことは置いとくわ」


智香にばーれーてーるー!!

しかもスベッタって言われてるー!!だって咄嗟にしてはいい線だったじゃん!!しのいだと思ったのに!!


「周蔵くん、これから……どうするつもり?」


きゅうと絞まっていくような呼吸。しかし僕は。

本人が認めてようと雑誌に書いてあろうとレポーターが胡散臭く喚いたって。


「い、今までと同じ。変わらない」


僕は。


ハルのことを。


信じてるんだ。

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