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ベクトルマン  作者: 連打
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〔ハル編〕じたばた(ハルサイド)



午前2時。病室。

トイレの帰りベッドに倒れこんだわたしはとっさに振り返る。

誰も居ないのは分かってるんだけど、この衝撃のうまい理由が未だに他に思いつかないのだ。フルスイングされた角材をまともに後頭部で受け止めたカンジ。


痛みで一瞬思考が途切れ、視界は白い線香花火がチカチカと瞬いている。


「……っつ」


がり、と奥歯の軋む音が頭に響く。吹き出る汗、声を出す暇も無く痛みの沼にあっという間に引きずり込まれた。


「ぎゅ、むぅ」


断続的な呼吸は心もとなく、とてもか弱い。骨に転移してからの痛みは度を越している。『こんなもん耐えられるわけないス、無理ス』という信号が槍のようにわたしの脳に突き刺さる。

素直に反応する身体は悲鳴のような脂汗を噴出し、すっかり減ってしまった体中の筋肉を収縮させた。


「ぁ、くぅ」


いつも以上に、キツイ。これは……相当……手ごわいな。


「ヒナタっ!!」


音の無くなった私の耳にまでウジハラーの声は良く響く。って……あれ?わたしは自分の右手に握られたナースコールのスイッチを確認する。自分の生命の危機にいつの間にか握りこんでいたらしい。

まったく、わたしも修行が足りない。


「先生呼んで!神経ブロックの準備!急いで!」


まるで軍隊の上官のように一緒になだれ込んできた看護師に指示するウジハラー。


「いら……ない。大丈夫」


立て、わたし。

このくらいなんでもない。わたしはまだ……大丈夫。


「ふざけんな!あんたずっと拒否ってきたけどモルヒネでも神経ブロックでもなんでもやるからな!」


痛み、なんて上等。わたしは痛みを味わう義務があるのだ。

だから、立て。


わたしは取り合えず頭を布団から引き剥がし天井を見ようと試みる。片腕を痛みに突っ込むようにわき腹へと潜り込ませ、その反動でくるんとベッドの上を転がる。


「うじは、ラー。その明かり、ちょい……マブシー」


「明かり?……あんた、幻覚が」


え?


「部屋は今補助灯だけ!痛みの幻聴、幻覚は……もう限界なんだよ!!あんたの身体が一番分かってるじゃないか!!」


そんなことない。そんなわけない。

わたしはまだ生きてるよ。まだまだ死ねないよ。


「ここは緩和ケアするところなんだ!!あんたが意地張ったって誰も褒めてくれないし報われない!!何考えてるか知らないけど、もうやせ我慢はやめな!!」


頬に暖かい雨がぽつぽつと降り注ぐ。

不思議とそこだけ痛みが消えたようで。

これなら、出来そうだ。


「だ、だいじょぶだ、から……さ」


「喋るな!!もうすぐ痛みとってやるから!!」


「ラケットとって、よ。わ、わたしの……2点リード、だからね」


「ヒナタ!!」


勝ってる勝負を誰がみすみす見逃すもんか。

旅館まできて卓球に専念する、なんて無駄がスバラシイ。温泉バンザイ。


「はやくしてっ!!なにやってんの!?」


負けてるからって当り散らすのは感心しないなアキちゃん。所詮お姉さんには敵わないのだ、叫んだってムダムダ。


「ヒナタ!?目を開けて!!頑張れ!!」


目は開いてるよ。可笑しなコトイウナアアキチャン。


だってあんなに月がおっきくて、星なんてキラキラしちゃってんじゃんか。



「新木が明日もくるよ!!ふんばれ!!会いたいんでしょ!!」


「……っ」


瞬間。


「く……ふぅく」


わたしの意識に入る亀裂。


どくんどくんと痛みで暴れる心臓を実感し、脂汗の張り付いたカオを袖で乱暴に拭う。

痛みで動かないのは

右足。

両肩。

腰。

左手首。

頭は継続的な鈍痛、レベルMAX.

中古車で言ったら『こりゃ買ったほうが安いよ』と新車勧められるポンコツ。それがわたし。

でもさでもさ。中古には中古のいいところってあると思うんだわたし。昔のワーゲンとかトヨタだって。


「っつー」


昔の車のほうがカワイイじゃんね!!


「うわああっ!!」


ほら!わたしはまだ大丈夫!まだ立てる!!


「ヒナタ!?急に立ち上がるんじゃ」


うわわわ!?ふかふかベッドの弾力に足を取られひっくり返るわたし。足腰?なにそれおいしいの?ってくらい景気良くぐるんっと回っちゃって。


ぼすん、とミゴトにベッドに肩から着地を決めるわたし。


「ヒナタ」


「ミス魚河岸ユニバース、ヒナタハル帰還しました!」


ビシ、と敬礼。帰還兵には優しくしないといけないんだぞー。

じゃないとランボー1みたいに街ごと逆ギレの対象にしてやるぞー。


「……ばかー!死ぬかと思ったじゃないか!!今度こそダメかと思ったじゃないかー!!」


まだまだー。


わたしまだやることあるもんねー。


まだ、死んでやんないよ。

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