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ベクトルマン  作者: 連打
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減量なぜなのか


「はっ……ッはっ」


冷たい風にビンタされながらひたすら左右の足を交互に押し出す。

じゃりじゃりと不安定な足音だけが頼りなく耳に届く午前5時。


「は……はっ……」


かっちり着込んだウインドブレーカーとぐるりと首に巻いたタオルは僕の体温を効果的に押し上げ、まるでセイロの中のショーロンポーにでもなった気分だ。


「……はっ……」


世界はちっぽけな僕なんかにはまるで興味ありません。僕がここで今過呼吸でぶっ倒れても暴走ベンツに跳ね飛ばされたところで……太陽はつるつる昇るし矢口○里はあいかわらず空気を読みすぎて自滅するんだろう。


「……」


自分の呼吸で窒息ってすごいよな。今僕そんな感じ。前例とかあるのかな。えっ?世界初?うそ?取材とかされちゃう?


「キモ……なにブツブツいってんのよあんた」


僕の内面世界はこの世界において唯一安住の楽園。ユートピア!サンクチュアリ!ディズニーランドなのに!音も無く自転車で追走してくるクサレ3D女は僕に精神攻撃を仕掛けてきた。


「あんたがせめて見た目だけでもまともになってくれないと私が困るのよ。もう中身は問わないから。お願いだから」


すいすいと電動自転車のペダルを軽やかに回し、気持ち茶色がかった長い髪を風に泳がせるクサレ3Dオンナ。属性は姉。朝は優しく起こしにも来ず弁当も作らない。胸だって背中みたいだし態度もデカイ。

そして……致命的に血縁関係が立証されていた。価値ナシ。逝け。早く。


「……見てんじゃないわよ。ムカつくわあんたの眼つき」


こっちは酸欠でそれどころでは無い。それにその手の罵倒など聞き飽きている。

曰く『豚野郎』。

曰く『豚足もどき』。

曰く『ぶたまん喰うか?』。

結局は『ピッグマン』辺りで落ち着いたと記憶している。要はまず外見がブタなのだ。自分でもヒヅメが付いてないのが不思議に思った程に。


「だから見んなってば!寒気がするの!」


それほどまでに嫌っている僕に毎日毎朝付き添う姉。決して兄弟愛的な要素が混ざり込んでいるわけでは無い。まあそんな得体の知れない不純物入れてもらっても困るんだけど。


「はっ……はっ……」


この姉は……なんと高校では美人優等生のイメージを貫いているらしい。清楚で可憐な女子高生なんてものが絶滅危惧指定種なのは知っていたが、もうとっくに絶滅してるんじゃないだろうか?こんな売女寸前のクサレビッチがたとえ偽りであってもそんな大それた看板を掲げているなんて。


そんな姉の砂上の楼閣は今まさに僕の進学によって粉砕されようとしている。

故意ではなかったのだが……推薦で早々と決まった僕の進学先が姉の通う高校と同じだったのだ。



「きゃああああああああっ!!」


絶叫。

姉はその事実を耳にした時、日常生活では決して聞けない程の断末魔をひねりだした。


「ふざ……けんじゃ……」


ああ……これが殺意ってやつかあ。あ、今歯軋りの音聞こえた。アニメみたい。カッケー。姉△。

僕が姉を眺めながら正体不明の黒い愉悦に浸っていると、ピンクなローターみたいにプルプルしていた姉は唐突にゴトリとした質量を伴った呟きを僕の足元に転がした。


「走れ」


押し寄せる圧迫感に息苦しくなる僕。

覇気?ねえ覇気?


「あんた明日から。……入学式まであと半年」


推薦だからね。まだ9月だもんね。


「その……醜い体……そぎ落としてやる」


世間体とか体面とか面子といった、僕がいつか落っことしてきて振り返りもしなかったモノの為。

長いこと僕には目も合わせなかった姉がS属性を纏わり付かせながら亀裂のような笑みを浮かべる。


「その醜い体そぎ落としてやるっ!!」


ビシッと僕の鼻先に人差し指を突き出す姉。

まったく同じことを2回言ったサムさは……今突っ込んだらダメ。それくらいはいくら僕でも分かる。




「はっ……はっ……」


と、まあ。

要はダイエット。

食事はササミと野菜で足りないビタミンは錠剤で補給。肌はカサカサになっていきすっかり胃も縮小した。ナタで叩き切るような大雑把な体重撲滅プログラムはすでに5ヶ月を超えている。

姉が付いてくるのは僕がサボらないよう監視するためだった。事実最初の内は歩いて回るのもキツかったコースが今は半分の時間で走りきっている。



いつものコースを回り終わりぺたんと腰を下ろした。胸元からイタリア人のようにムワっと熱気が立ち昇りとても不快だったがカプチーノは嫌いじゃないなあ。そういやしばらく甘いもの飲んでない。


「何キロ?」


僕を突き抜け後ろの風景を見ているような硬質な視線で僕に声を掛ける姉。話すのも嫌なのだろうし、気持ちは分からなくもないし、今に始まった事でもないけど。


「61.5」


ダイエット前は112キロだった。毎日体重計にむりやり乗せられていたが最近は姉の監視もユルイ。把握してなかったみたいだ。


「……そう」


興味なさそうに吐き捨てると姉はペットボトルをポイと投げて寄越し自転車を漕ぎ出した。

僕は小さくなっていく姉の背中を見ながらゴロンとアスファルトに寝そべる。姉に初めて貰ったペットボトルはウーロン茶のようだ。


「……」


僕はそのウーロン茶をウインドブレーカーのポケットにねじ込むと、膝に手を突いて立ち上がる。


もうすぐ入学式だなあ。


今さら学校生活がリア充化するなんて望みはないし、赤面症のPCスペック厨だし、エロゲーよりギャルゲーが好きなヘタレオタクな僕は……それでもユニクロの『Mサイズ』が着れるようになった。

友達一人も居なくても、劣等感が背中に貼り付いてぜんぜん取れなくても、ひとの目を見て話せなくたって。


つるつる昇って来た太陽を眺めながら、僕は



『○○使いの夜』の発売を心から願った。

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