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さがしもの

作者: マドノユキ

ベルが鳴る。手を伸ばし、ベッドの上の目覚まし時計にバトンタッチした。次は君が眠る番だと。


いつもより少し早い、休日の朝。


歯を磨きながら、スマホを手繰って、紀子との待ち合わせ時間を確認。


数か月ほど前に届いた、ユリの結婚の招待状に書かれた日が近づいている。


衣装をどうするか、あまり社交的でない私がフォーマルなドレスを検討するにはいい機会である。


クローゼットを開けて考える。


再び閉じる。


こういう時に、唯一自信をもって身に着けられるのが、母の形見のイヤリングだった。


形見のイヤリングをまず決定する。


次に季節を考える。


成人式に出かける前に、大事にしなさいと付けてもらったのを思い出す。


大人になったような気がした。


あれからいろいろ買ったけど、大事な日にはやっぱりあれだ。


我が家の由緒正しい…何かなのかもしれないが、聞く前に雲の上の人となってしまった。



アンティークな木の机の引き出しをゆっくり引いた。


リングホルダーが覗く。


しかし、そこにあるはずのものがなかった。


――


こうしてみると意外と沢山ある。こんなもの、いったいいつ使うんだというものまで。


いや今はそんなことはいい、母のイヤリングだ必要なのは。


一つ一つ指差し点検を繰り返すが、当然出てきたりはしない。


ホルダーを持ち上げたり、隙間に埋まってないかを確認する。


引き出しの奥も見る。どうしたことか。現実がおかしい。


ないわけはない。


眠気覚ましに、冷たいトマトジュースをカップにそそいだ。一旦、落ち着こう。


前に引き出しを開けた日、先週土曜日。


その時に、あっただろうか。


目を閉じ全神経を集中し、記憶を蘇らせる。あったかなかったか。


(ピーン)


メールの着信音。条件反射でスマホを操作してしまう。


紀子からだ、昼ご飯のレストラン選び。


これは緊急性の高い誘惑、しかし今考えたら折角のイメージが飛ぶ。


「おいしそう!」とだけ打ち返して、スマホを閉じる。


再び目を閉じ、瞑想に戻る。


ホルダーは見える。いくつかの指輪、下の段のイヤリングも見える、ターコイスの斑模様の緑も見える。


シンプルなゴールドの母のイヤリング…。


(ピーン)


数分我慢すればいいのに、音が鳴ると考えるより先に手が伸びる。


なんてことはない、確認してスマホを閉じた。


思い出せ…。


シンプルなゴールドの…あったような、なかったような。


(ピーン)


あぁ!


――


お米を研いで、朝食を作り始めた。


日常に戻って冷静になって見れば、思い出すかもしれない。


部屋の中を見渡す。最近変化があったところがなかったどうか。


雑誌が増えてるくらい。


炊き上がりと同時に、簡単に卵かけご飯。


リングホルダーのイヤリングは、整然と隙間なく綺麗に並んでいた。


つまり最後に触ったときには、すでになかったということ。


先週の時点を思い出すまでもなかった。



冷蔵庫を開き、買い物メモを追加する。チーズ、麦茶パック、牛乳、あと洗剤。


時計を見て、簡単な身繕いを済ませ、外に飛び出す。


スーパーのレジで財布を出すとき、財布の中からイヤリングが出てきそうな気がした。


あるわけはない。



次に、洗濯かごに目をやる。たまった衣類をどうすべきか。


今はやめとこう。部屋の中が変化すると、ますます思い出せなくなるだろう。


事件現場は現状維持が鉄則だと、ホームズも言っていた。


外出してみたとき思った、無くすにせよ外はないだろう。外でイヤリングを外したりはしない。


つまり、この部屋の中のどこかにあるはずだ。


ならば、引き出しの周り、机の下、転がってベッドの下、隅にたどり着いてカーペットの間、もぐりこんでカーペットの下。


無い。


あぁ、困った。イヤリングが決まらないと、衣装が決まらない。


試しに別のイヤリングを耳に着ける。そのイヤリングにあった衣装を想像する。


…違う、こういう日の為の、あのイヤリングだ。


衣装が決まらない、ユリの結婚式に出れなくなる、なんて言って謝ろう。


いや、出ればいいんだけれど、いろんなことがうまく回らなくなりそうな気がする。



紀子との約束の時間が迫り、引き出しを開いて、今日使うイヤリングを選ぶ。


あまり意識してなかったが、結構に頻繫にこの引き出しは開けて、楽しんでいる。


つまり犯人は、やはり私であろう。


一旦忘れて、出かけることにした。


――


紀子と楽しく話して笑いながらも、何となく、条件反射で笑顔とリアクションしている。


式の話になった。


母の形見のイヤリングが、見つからないことを話した。


話しているうちに、無くしてしまったことに罪悪感を感じてきた。


紀子の心配そうな顔を見ていると、つい雰囲気で涙まで出てくる。


「大丈夫、きっと見つかるよ。だって部屋の中にあるんだから」


そう言って、肩を撫でて励ましてくれる紀子。


「他の全部無くなってもいいから、大事な形見なんだから返って来てほしい…。」


つい乗せられて、芝居がかった言い方をしてしまう。


でも噓ではない。買い直せないのだから。



そういえば、前にも無くしたことがあった。


あの時は、クリーニングに出そうと、コートのポケットに手を入れたら出てきた。


あ、それだ。


外では外すことはない、という前提が間違っていた。


新しいイヤリングを買うときに外して、ポケットにしまった。


「見つかったかも」


「え、ほんと、どこ?」


紀子に得意に解説していると、もう見つかった気分になって、ドレスの話などに花を咲かせた。


――


帰宅し、一目散に衣装棚の衣類のポケットをチェックする。


まずはコート達。無い。


洗濯済みの衣類まで、すべてのポケットをチェックするが、無い。


(ピーン)


紀子からだった。「あった?」とだけ。


なかったことを伝える。得々と推理を披露していたのを思い出して恥ずかしい。


しばらくすると、呼び鈴が鳴った。ドアの向こうに紀子がいた。


私の部屋の中で探し手が一人増えても大差はないと思うのだけど、


不安を肩代わりしてくれる仲間ができて、目頭が熱くなる。



洗濯機の下、冷蔵庫の上、押し入れの奥、ベランダの隅。


あるわけないところまで探しつくすが、遅いので一旦打ち切ることになる。


紀子は翌日も休みだから探しにくる、きっと見つかると励ましてくれる。


でもそれは流石に悪いから、そんなに大事なものじゃないから、と言って丁重に断ることにした。


自分も疲労もあり、あきらめがつくかと思った。



眠りに落ちてからも、イヤリングを探し続ける。


母親が、一緒に探してくれていた。


母親は、プラスチックの透明ケースを指さして「ほらここにあった」などと言っていた。


「知らないよ、そんなケース」と母親につい怒ってしまった。


――


夢の中とはいえ、どこかで見たから夢に出てきたのだと思う。


手がかり欲しさに、似たようなプラスチックの箱が置いてそうな、100円ショップに出かけてみることにした。


何か気が付くことがあるかもしれない。


例えば、誰かの家に行ったとき見て、小物入れにいいかなと考えてイヤリングをそこに入れてみたとか。


そんな記憶は全くないけど、無意識に外すことがあるということはコートで証明済みだ。


数件回ったところで、夢で見た形のとそっくりのものを見つけた。折角だから買ってみた。


母が指さした位置の、本や雑誌などをどけて配置してみる。


ヒントになるかなぁ…。


こうして眺めていると、ほんとうに入ってそうな気がしてきた。


あるわけないのはわかってるし、あったら怖い。


開けてみようという発想をしている自分も、もうどうかしてる…。


…なと思いながら開けた。


小さい字で書かれた紙切れが一枚。


半日かけて100円ショップを回って、馬鹿みたなことをしてた。


箱を撤去し、本を元に戻す。


雑誌ページの隙間から、イヤリングが転がり出てきた。


――


「あ、おかあさん」転がり出てきたイヤリングを見て、思わず母を呼んだ。


でもそれは違った。全然違うイヤリング。「もう、おかあさん」なぜか母親に文句を言う。


結局イヤリングは見つからなかったが、


ちょっと楽しい気持ちになったので、紀子に経過報告の電話をしたら笑ってくれた。


そして、今からまた探しに来てくれるという。


あ、そうだった。もうあきらめたって言ったんだった。


探してることを知って来てくれる紀子は、やっぱり親友だなと改めて思う。


とはいえ、手がかりも潰えた。


でもいいか。友情は深まった。母も許してくれるだろう。


ゴールドのイヤリング…高価だったのかな。


あきらめ始めると、損得を考え始める。



…しかし母の夢は偶然にせよ、雑誌の間からなぜイヤリングが出てきたんだろう?


寝転がって読んでいるときに、引っかかって落ちた?


試しにさっき出てきたイヤリングで再現テストしてみるが、そんなことはまぁ起きない。



とりあえず、ケーキを二つ買いに出かけた。


―完―

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