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そして、二十四歳4

「何なの、これ……?」

 目が落ちるほど大きく見開かれていた丸い瞳。

 顔が紅潮していくと同時に、彩芽の双眸がこれまで見たことがないほど鋭利な眼光となって、陽斗へと注がれる。

 視線だけで、八つ裂きにされそうなほど鋭い。


 まともにそれを受けた陽斗は、焦っていた。

 何度も言うが、確かに、いつかはこんな未来を、と思っていた。だが、このタイミングじゃないし、そもそも、そこまでに至るまでの過程が全部すっ飛ばされているではないか……という批判が頭に渦巻き始める。

 いや、でも。ちょっと待て。少し冷静になれと、念仏のように唱えてみると、根本的でそもそも当然すぎる疑問が浮かんだ。

 そもそも、この状況の意味が、分からなさすぎる。

 彩芽は、俺が主犯格だと思っているらしいが、これは、完全に冤罪。むしろ、こちらも被害者だ。

「冷静に考えろ。こんなこと、俺がお前にするわけないだろう」

 自分自身に言い聞かせる意味も含めて、あくまで冷静に彩芽へ告げる。

 俺は、律儀な人間だ。いろんなことを大事に進めていきたい。そんな思いがあるからこそ、ここまで時間が経っていしまっているのだ。いきなりいろんな過程をすっ飛ばして、こんなガサツに物事を進めるはずがないだろう。脳内で、いろんな言い訳が飛び出してくるが、そんなことを正直に声に出せるはずもなく、ただの沈黙に変わっていた。

 耳が痛くなりそうなほど気まずい空気が、のしかかってくると、彩芽は予想外に酷く傷ついたような表情を作っていた。

 陽斗の脳みそは一気に、大混乱と焦りに大汗をかいている。

 今の一言は、まずかったか? 正しい道はどこなんだ。動揺のまま発した声は、ひどく情けないものだった。


「いや、だから、そういう意味じゃなくて……」

「……そういう意味じゃないって、どういう意味?」

 潤んだ丸い瞳を向けてくる。それを目の当たりにして、視線もまとも合わせられず、逃げ道を探すように、あちこち向ける。その間に、頭がクラクラして、思考が逆流していく。考えが全然まとまらないし、落ち着くどころか、正常な血液の流れと逆流する血液がぶつかって、完全に停止してしまう。この状況は意味不明だ。それだけは、事実。だが、乗り掛かった舟は目の前にあることも、また事実だ。彩芽を真っすぐ見据える。

「俺はさ……」

 自分のなけなしの勇気を奮い立たせるように、こぶしを握る。

 ふっと小さく息を吐いて、口を半分ほど開きかけたところで、緊急事態のサイレンとでもいうように、けたたましくスマホが鳴り始めた。二人の間に漂っていた緊張感が、一瞬で大音量にかき消されていく。

 彩芽のスマホだ。

 

 彩芽は陽斗の前から身を引いて、ソファ前の机の上に置いてあったスマホへと小走りに向かっていく。そして、画面を確認すると、みるみるうちに潤んでいた瞳は乾いて、鬼の形相に変化していた。だいたい察しはついた陽斗も、横に並んで、その画面を覗き込む。

 画面に大きく『高島歩美』とあった。

 彩芽の顔が強張っている。無言で、画面をタップする。途端、騒音が部屋中に響いた。

 

『アヤちゃん、お誕生日おめでとう! 今ね、温泉入り終わってこれから日本酒でも飲もうかなってところ! ちなみに、熱海ホテル泊ってるからね。陽斗もそこにいるんでしょ? 一応、伝えといてねー』

 着信には、高島歩美とあったのに、今しゃべっているのは西澤佐和。まだ、酒を飲んでいないらしいが、酔っているときとほとんど変わらないハイテンション。スピーカーにしなくても、丸聞こえだ。

 そして、彩芽の目がどんどん据わっていく。


「ねぇ。一体、何の冗談?」

 佐和とは、真逆の静かで低い声が、彩芽から発せられる。空気の読めない相手でも、さすがに察したらしい。一拍間があいて、小さめの音量になっている。

『……もしかして、怒ってる?』

「当然でしょ! ケーキに、封筒! 一体なんなのよ! 冗談でも、悪質すぎる!」

 怒りが抑えきれない彩芽の声は、震えていて、顔も真っ赤になっている。

『アヤちゃん。冗談で、そんなことするわけないわよ』

 佐和の珍しく諭すような言い方が、更に彩芽の怒りを助長させていく。

「何言ってんの?」

 彩芽の声は、低音を通り越して、ドスの利いた声になっていた。目どころか顔が据わっていて、見ている陽斗の背筋は、ぞっとしていた。

『アヤちゃん、声怖いよ。ちょっと、歩美さんにも、代わるね』

 この状況で、代わりたくないんだけど、というようなことが聞こえてくるが、電話の向こう側はキャッキャと楽しそうだ。

 

 さすがの陽斗も頭にきていた。いつもと変わらない日を迎えようとしていたのに、こんな騒動起こしやがって。

 それ以上に、こんな適当な奴らの術中に、まんまとはまりそうになった自分が、より恥ずかしくなって、頭痛がしてくる。

 スピーカーの奥で、雑音がして歩美に変わる。

 

『もしもし、彩芽? さっき、佐和さんも言ってたけど、冗談でそんなことしないわよ?』

「じゃあ一体、どういうこと? 本当に意味が分からないんだけど!」

『だから、さっき佐和さんも言ってたでしょ? 冗談じゃなくて、本気だって。信じられないなら、四階の道端君ところに行って、確認してみなさいよ。色々説明してくれると思うわよ。婚姻届けの受理もしてくれたから。じゃあ、明後日帰るから、それまで頭冷やしておいてね』

 言葉を失っている彩芽と陽斗をいいことに、歩美が言いたいことだけ言って、電話が切ろうとする気配。電話が切られる間際に、聞こえてきた。

 やっぱり、こうなった。逃げておいて正解だったわ、と。



 

 


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