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そして、二十四歳3

 ちょうど食事が運ばれてきた。

 目の前にとんかつと彩芽のハンバーグが置かれると、わかりやすく、ぱーっと目を輝かせる。コロコロと気分変えられて器用なもんだなと思いながら、手を合わせる。

「いただきます」

 彩芽も同時に、ハンバーグを頬張るタイミングを見計らって、今、自分の中で一番引っかかっている話題を切り出した。

「何かさ、おかしくないか?」

「何が?」

「おふくろたちの温泉」

「あぁ……陽斗のところにも、連絡きてたんだ」

 彩芽はすっかり忘れてたと、口の中のハンバーグを噛み締めながら飲み込んだ。

「今までも、旅行は行っているけど、突然行くってなかっただろ? しかも、よりにもよって彩芽の誕生日当日だぜ?」

「そっか。考えてみたら、私の誕生日の日にわざわざ行く必要ないよね。もしかして、私に対する嫌がらせ?」

 彩芽は眉間にしわを寄せてそういいながらも、たいして気にしてなさそうに、更にハンバーグを口の中に放り込んでいる。一方の陽斗は、箸をおいて両腕を組み始めていた。

「喧嘩でもしたか?」

「うーん。してないし、いつも通りだったと思うけど……。気になったことといえば、いつもは朝玄関まで見送り来てくれるのに、出てきてくれなかったくらい? そっちは?」

「俺の方も、まぁ気にするレベルじゃないけど、今思えば、ずっとそわそわしてた気がするんだよな。まるで、子供がいたずらしかけてる最中で、忙しいみたいな」

「あぁ。そういえば、忙しいってお母さん言ってた気がする。でもさ、それが、温泉旅行だったんじゃない? 自由人なのは、昔からだし、今更気にすることないじゃん。ほら、冷めちゃうから食べようよ」

 いかにも彩芽の楽観主義者らしい模範解答が返ってくる。

 陽斗も仕方なく食べ進めるが、いくら咀嚼して飲み込んでも、喉の奥につかえたものは、いつまでたっても残り続けたままだった。

 


 店を出て、高島家の自宅にたどり着きそのまま二人で、中へ入る。

 彩芽はソファに腰を下ろしている間に、陽斗は彩芽に持たされていた荷物をキッチンへ置こうとしたら、メモ書きを見つけた。

『お帰り。冷蔵庫にお祝いのケーキがあるから、食べてね。 母たちより』とあった。

 彩芽の誕生日に温泉旅行へ行ってしまった詫びという意味だろうか。

 とりあえず、冷蔵庫を開けてみる。ワンホールケーキらしい大きめの箱がど真ん中に入っていた。

「彩芽。おふくろたちから、ケーキだってさ」

 声をかけるが、彩芽からの返答がなかった。

 冷蔵庫から、彩芽の方を見やる。彩芽は手に封筒を持っていて、それをじっと見つめたまま固まっていた。

 一旦、冷蔵庫のドアを閉めて、彩芽の方へ足を向ける。彩芽が見つめている封筒を覗き込んだ。

 衆議院選挙投票用紙だった。そういえば、近々選挙をするとニュースでやっていた気がする。彩芽が最も興味のない分野だろう。それなのに、一体何を固まっているのか。

「ただの投票用紙だろう。いつもなら、すぐゴミ箱行きにするのに、何そんなに熱心に見てるんだよ」

「役所仕事があまりに適当すぎて、愕然としてたの」

 不機嫌極まりないといわんばかりに、手に持っていた投票の手紙も投げるようによこす。その横顔が少し赤い。それを隠すように彩芽は、すっと立ち去って、ワインをオープナーを取りに行ってしまう。

 一体何なんだ?

 渡された封筒。裏も表をひっくり返してじっくり観察してみる。どこからどう見ても、普通の役所からの郵送物にしか見えない。何をそんなに怒っているのか。首を傾げながら、最後に住所と宛名へさらっと目を通す。住所も問題なさそうだ。ならば、名前だって当然……と思った途端、陽斗は凍り付いてしまっていた。

 『西澤 彩芽様』

 射られた矢が、頭蓋骨を突き抜けるような衝撃が走った。

 どうして『高島』ではなく『西澤』なんだ。

 いや、正直にいえば、そういう未来を想像したことは、何度もある。

 だが、だからといって、俺の願望がそのまま現実になるはずもないわけで。

 ずっと、隠し持っていたものを暴かれてしまったかのように、心臓が飛び跳ねる。普段ほとんど動揺なんてしないが、流石に心の準備がなされてなくて、声が上ずっていた。


「隣同士だから、間違えたんだろうな。本当に行政の仕事は、適当すぎる。今度、四階の道端へ文句言いに行こうぜ」

 同じマンションの四階にいる道端悟志(みちばたさとし)も、小学校時代からの同級生。

 今は、市役所勤めをしている。市民データを管理してるんだと、前会ったときに言っていたから、まさにそいつの仕業なのではないかと思えてくる。いや、あいつならやりかねない。不真面目で、犯罪すれすれなこともやってきた悪童だったのに、どうして公務員になれたんだと、みんなで言い合っていたくらいだ。

 キッチンに立っている彩芽の顔は硬直していて、変に気まずい空気が漂い始めていた。

 こちらも居たたまれなくなる。早くこの空気を入れ替えなければ。

 陽斗も冷蔵庫へ向かい、ケーキの箱を取り出そうと、手をかけた。

 いつも通りを心がけよう。自分に言い聞かせながら、中身を取り出す。

 崩さないようにゆっくりと、ケーキを箱から引き抜く。何の変哲もないイチゴの乗った普通のショートケーキが少しずつ顔を出す。これを食べれば、こんな動揺も消えてくれるだろう。彩芽は単純だから、ケーキを食べればさっぱりさっきのことなんか忘れるはずだ。

 そう願いながら、丸いケーキが白日の下に晒され、キッチンの電灯に煌々と照らされた。体が凍り付くどころか、息まで止まっていた。彩芽も陽斗の変化に勘付いて、眉を顰めながら近づいてきて、ケーキを見た。

 みるみるうちに彩芽の目は、大きく見開かれていく。

 

 それは、ただのケーキではなかった。

 いや、ケーキ自体はただのケーキではある。だが、問題はその上に乗っかっているプレートだ。

 それが、投票用紙の名前とは比べ物にならないほどの威力を発揮していた。機関銃でズタズタに、二人の思考回路を打ち砕いていく。


『陽斗&彩芽 結婚おめでとう!』

 

 


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