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この度、結婚していました!?  作者: 雨宮 瑞樹


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この度……

 

 唖然とする陽斗と彩芽を前に耐えきれず、水谷はこの場から消えてしまいたいというように身体を縮こまらせていた。

 その間、二人の頭の中は、走馬灯のようにこれまでの出来事が再生されていた。


 すべての始まりは、彩芽の誕生日。

 帰宅すると、机に封筒がのっていて、その後、すぐに冷蔵庫から出てきたのは結婚おめでとうというプレートがのったケーキ。そして、母から婚姻届を出したという匂わせの電話。それを聞いて、道端のところへ駆け込み、婚姻届を受理したと言われた。それらの出来事から、本当に婚姻届を出したのだと、思い込んでしまった。

 しかし、冷静になってよくよく考えてみれば、どれも曖昧で婚姻届が出されたという確実な証拠は一つもなかったのだ。そのことに今更気付いて、愕然とする。

 あわあわと唇を震わせて、へなへなとその場に座り込みそうになったとき彩芽の頭にふと、ひっかかるものがあった。

 

 その中の一つだけ、公の確たる証拠になるものがやっぱりあったのではないか。

 彩芽は顔を上げて、カウンター越しに両手をついて、立ち上がり前のめりになっていた。

  

「その頃、選挙ありましたよね? この役所から、投票所の入場用紙届いたんですけど、その名前は確かに旧姓ではなく『西澤』とありました。それは、やっぱり婚姻届が出されたからなのではないでしょうか?」

 彩芽の勢いに圧されるように、水谷は身体をのけ反らせる。しかし、水谷はすぐに怪訝な顔をして、顎に手をやっていた。

「……婚姻届出されたと思われるのは、十二月と仰っていましたよね?」

「はい」

「こちらから投票書類を発送したのは十一月中旬。その頃には、すでに投票書類は各御家庭に届いているはずなんです」

 紛れもない事実だと、水谷はまっすぐ視線を彩芽へ向けていた。いまいち、何がいいたいのか理解できず彩芽は「どういうことですか?」と問い返すと、水谷は明瞭に答えた。

 

「……仮に婚姻届が出されていたとしても、投票書類の宛名は、旧姓のままご家庭に届いていたはずです。つまり、実際にみたという封筒は、見間違い……もしくは、偽物……なのではないでしょうか?」

 偽物。

 目の奥で、切れ切れになっていた線がすべて繋がってパチンと火花が散って、煌々とした光が灯った。

 母が引っ越し片付けの時に言っていた。陽斗が引っ越しそのものが嘘なのではないかと詰め寄ったとき『これは、偽造ではありません』と。

 あの時、どうして突如として偽造なんて言葉が飛び出してきたのか不思議に思っていたのだが、そういうことだったのか。

 以前、偽造した書類を実際に作っていたから、それが頭の片隅に残っていて、つい漏らしてしまったということなのだろう。違和感の理由が明るみに出る。

 その途端、これまで塞き止められていた電流が勢いよく流れ込んできて、ショートした。そして、勢いよく発火し始める。激しい炎が全身を覆い尽くす直前、水谷が「あ!」と叫んでいた。

 

「……そういえば。道端さんって、普段あんまり協力的な人間じゃないんですけど……選挙の事務処理応援にわざわざ手を上げてやって来て、こそこそ何かやっていたような……」

 水谷のお陰で、すべての疑問が取り払われると、どくどく油が注がれた。二人の身体は火だるまだ。急激に体温が上がり、口の中の水分は蒸発していた。

 そして、彩芽が掠れた声で呟いた。

「それは、つまり……」

「そういうことだ」

「……土木課、どこですか?」

 二人から役所を全焼させてしまいそうな程の漆黒の炎が見えるのは、きっと気のせいだと言い聞かせながら、水谷は恐る恐る答えた。

「この建物の、二階です」

 

 


 土木課のカウンターに食いつく二人から発せられる熱量。あまり関わりたくないという雰囲気を醸し出しながら、仕方なくカウンターに座っていた若い男性職員が二人に声をかけていた。

「……どのようなご用件でしょうか」 

「道端悟志は、どこですか?」

 彩芽が笑顔になろうとするが頬は痙攣していてうまくいかない上に、顔から炎が上がっている。職員は、ぞっとして、一歩身を引こうとするが、陽斗は逃さない。

「親友の西澤陽斗と高島彩芽が話を聞きたいと言っていると、伝えていただければわかると思います」

 職員は、はぁと、少し間の抜けた返事をして、額に浮き出た汗をハンカチで拭いながら、ずらりと後方に並んでいるデスクを見渡した。その方向に道端がいるのだろう。陽斗と彩芽も、その方向へ背伸びして目を凝らす。ターゲットは見当たらない。

 しばらくすると、一人の職員がこちらへ真っ直ぐ小走ってきて、早口で告げていた。

 

「道端、先程までそこにいたんですが、急に具合が悪くなったと帰っていきました。それで、代わりに、これをお二人に渡してくれと」

 小刻みに震える指先。そこにあったのは、二つ折りされたメモ用紙。

 それを陽斗が受け取ると、道端の雑な文字が飛び込んできた。


『騙されたヤツが悪い』




 全身に水を被せられ、全身に回っていた炎は鎮火してしまう。そして、二人は倒れるようにソファに座り込むことしかできなかった。ドスンと、背もたれに全体重を預け項垂れる。すると、忘れかけていた紙袋がガサッと主張していた。

 陽斗が紙袋の中から母達からの封筒を取り出して、中身を開き始めると、彩芽も身を寄せて覗き込んでいた。

 


『これを読む頃には、壮大な計画がすべてバレた時。それを前提にし、今回の一連の作戦について、すべてを明かすことにします。

 この計画が発足したのは、マンションで道端君を偶然発見した時のことでした。


 ――今から、約三ヶ月前。

 歩美と佐和がマンションのエントランスでエレベーターを待っていた時、帰って来た道端が後からやってきた。

「あら、道端君久しぶりね」

「どうもっす」

 マンションが一緒でも、バッタリ会うというのは、なかなかない。道端の噂は耳にしても、実物と再会したのは、実に数年ぶりのことだったが、雰囲気は全く昔と変わっていなかった。

「今役所勤めなんでしょ? 悪戯っ子だったのに、びっくりしたわよ」

 佐和がそういうと、道端は鳥の巣頭を横に振って、やる気のなさそうな返事が返ってきた。

「まぁ、そういういい面を見越して就職したけど、やっぱり仕事の刺激は少ないっすよね。毎日、つまらないっすよ」

「仕事はそうかもしれないけど、その分他のことを充実させればいいじゃない。彩芽は、仕事のやりがいはあるみたいだけど、仕事仕事って追われがち。他のことに全く気が回らなくなって、余裕がなくなる。あれを見てると、人生何を重点に置くのが正しいのか、悩ましくなるわよ」 

 歩美が嘆息すると、やる気のなさそうだった道端の口調が幾分しゃきっとさせて、尋ねてきた。

 

「そういえば、陽斗と彩芽の二人は、まだうだうだやってるんすか?」

 道端の問い返しに、佐和が大いに頷いていた。

「そうなのよ。もう中学生じゃないんだから、どうにかしろってずっと思い続けてるんだけど、全然進展しないの」

 そこに、憂いを帯びた歩実の声が乗っていた。

「二十四歳までに結婚させる夢が、遠ざかっていく……」

 歩美の嘆きに道端は敏感に反応していた。

「二十四までにどうって、なんの話っすか?」

「私たちの中で決めてた約束があったのよ。二十四までに、二人を結婚させる計画」

 佐和が答えると、道端は半分くらいしか開いていなかった瞼を見開いた。

「……二十四って、そもそもあいつら、それ以前の問題なんでしょ?」

「そうなの! だから、こうなったら私たちがどうにかしないとって、色々考えたんだけど……全然いい作戦が思い付かなくて……」

「まぁ、あの調子じゃムリっすよね」

「やっぱり……そうよねぇ。もう二十四までに結婚は絶望的だわ……」

 佐和が意気消沈するのに続いて、歩美も続いて沈んでいた。

「このままだと、結婚どころか……二人一生くっつかないってことにもなりかねない……」

 その嘆きを聞いた途端、道端の目は急激に輝きを放ち始めていた。 

「それなら、俺にいい考えがありますよ。協力しますよ!」

「え? 本当に?」

 歩美はと佐和の声が弾んで重なった。

 すると水を得た魚とばかりに、道端の声量もあがって、ハキハキした口調に変化していた。

「いやぁ、俺ずっと引け目感じてたんで」

「引け目? 西澤君がどうして?」

「ほら、昔俺が西澤に悪ふざけしたの知ってるでしょ? 女装してた時、ちょうど高島が目撃した」

「あぁ、あれね。たしかに彩芽は、衝撃は受けてたみたいね。……でも、あれは、彩芽の勝手な思い込みだし。罪悪感なんて、感じることないわよ?」

 歩美がそういうと、道端はもさもさの髪を振り乱し、拳を握り力説していた。

「いや、煮え切らない状況を作り出したのは、この俺が原因で、間違いありません。全部、俺のせいなんです! ですから、贖罪の意味も込めて、この件、俺にどーんと任せてください! 二人を必ずやどうにかさせてみせますよ! 成功させてみせます!」

 道端は、一段どころか目がギラギラと輝やいていた。

 

 ――こうして、道端君は、とても意欲的に壮大な計画を練ってくれたのです。そして、私たちはその計画の元、行動開始。とても協力的で親身に相談に乗ってくれた道端君には、感謝しかありません。本当は、この先も道端計画はあったんだけど……今回は、この辺でお開きにすることにしました。そろそろ、二人の意志を尊重してもいいかと思って。

 

 というわけで、今回の引っ越しは、逃げたってわけじゃないのよ? 今更信じてなんて、いいませんが、本当に第二の人生を歩むためにしたことで、計画外。ちなみに引っ越しの日取りは、陽斗のことだから律儀に彩芽へプロポーズしているだろうと見越し、決めました。私たちの読みは、ぴったりだったはず。

 一見、はちゃめちゃに思われただろう二人の結婚。今振り返ってみたら、二人の間では順番どおり進んでいたと、予想しますが、どうでしょうか?

 といわけで、この壮大な計画のシナリオは、ここまで。この先は、完全な白紙です。この後、どうするかは二人次第』


 

 二枚目についていたのは、保証人には、すでに母親たちの名前が記入されている白紙の婚姻届けだった。


「完全にやられた」

「まさか、三人結託してたなんて、本当に癪!」

 彩芽は怒りながら、婚姻届を睨み付けていた。

「今すぐ書いて提出なんて、もっと癪。せめて、後日出しに……」

 彩芽が言いかけたが、そんな悠長なことを言っていられる時間などないことに気づいて、頭を抱えた。

「もう、会社に結婚してましたって、言っちゃってるよ! 嘘でした。やっぱり出していませんでしたなんて、この期に及んで、間抜けなこと言えない!」

「……俺も。なら、やっぱり今出すか」

「ちょっと、何よ。その仕方ないみたいな感じ。婚姻届って、人生で最も影響する出来事! もっとウキウキ感出すとかしてよ」

「……そんな無茶苦茶な……」


 

 そんなやりとりの末、結局二人は婚姻届を提出。

 一周回って、落ち着いた二人を見つけた市民課の水谷もわざわざ出てきてくれた。

「おめでとうございます」

 社員証の中の彼女よりもずっと穏やかな笑顔を見せ、見送ってくれた。

 

 役所を出て、雲一つない青空の下、新鮮な空気を取り込んだ。そして、陽斗と彩芽はお互いの手をとり、歩き出していた。


  

 ――その数日後。

 陽斗と彩芽は、マンション前で道端を待ち伏せし、自宅へ拉致し、こんこんと説教をし、道端は泣きながら謝罪した。が、それはすべて道端の演技。内心全く反省などしておらず、むしろ周囲に「あの二人は、俺に感謝すべきだ」と吹聴して回っていたことは、二人は知らない。


そして、すべての雑務を終えて落ち着いた頃、二人は母達をはじめ、友人達へ葉書を送った。

『この度、結婚しました』

 


 

 


 

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