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この度、結婚していました!?  作者: 雨宮 瑞樹


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邁進

 会議が終わった後の休憩室。机に広げられた資料。資料に目を通そうとしても、大太鼓のようなドーンドーンという衝撃が頭の奥を叩いて邪魔してくる。彩芽がこめかみを押さえると、その奥から、ぼやぼやと藤原の声が流れてきた。

 

「昨日、統括部長と話す時間があってね。高島君が提案してくれた洋菓子コラボの件、話してみたんだ。そしたら、二週間後の選定会に出してみろと、返答があったんだ」

 その説明で、二日酔いが一気に軽くなる。

 敦巻統部門長は、人の意見をほとんど聞かない所謂、ワンマンだ。そんな人が、首を縦に振るなんて奇跡に近いといわれている。彩芽は、パッと目を輝かせて、机に手を置いて立ち上がった。

「本当ですか」

「僕も意外だったよ。ここは、一気に畳みかけよう。それでフェルメール一択じゃなく、もう少し違う候補も欲しいと思ってね」

「確かにそうですね。選択肢は多く出して絞る方がいい。関口君と相談しながら、他も当たってみます」

「時間がなくて申し訳ないが、頼むよ。なんとなく、候補が絞れたら僕に持ってきてくれ」

「了解です」

 急に立ち上がったせいか、忘れていた痛みが、倍になって跳ね返ってきた。

 「痛い」と呟いて、椅子に腰かける。また鈍い痛みが頭の中心にどんよりと広がっていった。そんな彩芽に、藤原の中心に皺を寄せて、元からたれ目な瞳をさらに下げて、心配色に染めてくる。


「どうしたの? 大丈夫?」

「……ちょっと、昨日飲みすぎて……」

「二日酔い? 珍しいねぇ」

 藤原は、さっと自動販売機で飲み物を買って、彩芽の前に差し出してくれる。

「二日酔いには、ウコン。どうぞ」

「……ありがとうございます」

 素直に受け取って、その場で一気飲みする。即効性はないはずだが、少しだけ楽になったような気がする。ふうっと、息をつくと、藤原は笑っていた。

「最近仕事忙しいし、ストレス発散も大事だ。選定会までは、この忙しさは続いていくしね。でも、飲みすぎは注意だよ。僕も、若い頃はお酒で記憶を飛ばして、大惨事になったことがあるからね」

 お酒で、記憶を飛ばして、大惨事。脳に突き刺さってくる単語が、ガンガンする頭の思考回路に乗ってぐるぐる回って、断片的な記憶が再生され、今朝の出来事がぼんやりと浮かんできた。複雑な気分が舞い戻ってくる。

 


 昨晩のあの後。二次会だといって、近くのバーに入って飲みなおし、更にもう一軒回ったようなところまでは、何となく覚えている。だけど、その後は全くと言っていいほど記憶がなかった。

 朝起きたとき、視界に入ってきたのは、見知らぬ天井。ここはどこだと、混乱しそうになったが、カーテンが開いた状態の窓から、実家のマンションが見えた。そこから、ここは、母たちにあてがわれた新居のベッドの上だとわかって、心底ホッとした。同時に、二日酔い特有の頭痛が、襲ってきた。のろのろと体を起こして、辺りを見回してみたら、どうやら、ここは寝室で、おそらく陽斗が連れてきてくれたのだろうということを理解したのだが。すぐに、一体どんな状況でここにいるのかという疑問が、ぶわっと噴水のように吹き上がってきた。まず、慌てて自分の装いを確認した。ジャケットは来ておらず、ワイシャツの第三ボタンくらいまで、はだけていた。布団でぬくぬくしていたせいで、気づけなかった。その瞬間、二日酔いが吹き飛んだ。

 ぎょっとして、ベッドの横を見れば、床の上にスーツの上着やストッキングが散らばっていた。一気に顔へ血が集中して、酒が舞い戻ってきてクラクラして、心臓が高速でドキドキし始めた。

 まさか……いやいや。待って。冷静に考えよう。いつもの私の癖を思い出せ。

 いつも、家で陽斗と飲んで、別れた後。眠気を押して、自室のベッドへ潜り込むとき。無意識のうちに、身体を締め付けてくるものを取り外したくなる性質。

 スーツなど着ていたら、真っ先に脱ぎさって自分の部屋に転がっているパジャマを引っ掴んで、着替えている。今回もその一環なのでは。今回はパジャマが近くになかったから、こんな感じになってしまっているのでは……。そうやって納得させようとしたけれど、ざわざわして落ち着かないし、こんな格好で陽斗とバッタリ鉢合わせなんて、冗談じゃない。着替えなきゃと、目に入ったクローゼットから、自分の服を運よく見つけ出した。一気に仕事着に着替えて、緊張しながらそっと部屋のドアを押した。

 

 その先は、リビング。テレビ、ソファ、ダイニングテーブル、すべて揃っていたが、そこに陽斗の気配はなかった。

 ということは、私はここに一人でここにたどり着いたのかもしれない。それなら、よかった。安堵のため息を漏らしたら、二日酔いがまた舞い戻ってきそうになった。そこに、ソファの前に置かれているミニテーブルの上に『先に家を出ます』という、陽斗のきれいな文字の書置きが残されていて、安息は粉々に砕け散っていた。

 この文字の意味は一体何なのか。頭がパンクしそうになったところで、会社に行く時間となり、今に至っている。

 何とも言えない複雑な表情を作る彩芽に、何か勘づくものがあったのか、藤原は興味津々な顔をしていった。


「もしかして……この度、結婚しますって、話?」

「え……」

 今悩んでいるのは、その話じゃない。だけど、婚姻届は既に出されているということは、すでに結婚しているわけだから、完璧な的外れということではない。彩芽の目は、自然と泳いでいた。

「やっぱり、図星?」

 藤原は、そうはっきり聞いておきながら「セクハラになっちゃうから聞いたら、まずいのか」と、楽しそうな顔をして答えを待っている。そういうやり方は、ずるいと思う。

 今朝のことは、よくわからないが、昨晩はお互いの思いは同じところにあるということも確かめることができた。その上、昨日から陽斗と一緒に住んでいる……と思う。たぶん。ともかく、そういう状況ならば、もう隠すことはないし、周囲に伝えるいいタイミングなのかもしれない。

 彩芽は、居住まいを正した。

「えっと……『この度、結婚します』……というより……『この度、結婚していました』という方が、正しいかと……」

「え!? 結婚、してたの!?」

 藤原の休憩室に藤原の大きな声が響いて、一斉に視線がこちらに集まった。だが、幸い同じ部の人はおらず、すぐに興味を失ったようだった。それぞれ、大事な休憩時間をまた満喫し始める。もし、これが食品バイヤー室だったら大きな騒ぎになっていたはずだ。

「そんな大きな声で、言わないでください。恥ずかしいじゃないですか」

 彩芽が真っ赤な顔をして、小声で怒る。その瞬間、カン、カンと大きな音をさせて、空き缶がコロコロと転がって彩芽の足にぶつかってきた。カツンと当たって、缶の動きが止まる。

 彩芽は、それを拾い上げて、持ち主に返そうとその方向を見やる。すると、そこには魂の抜け殻と化した関口が立っていた。

 

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