酒の肴
真冬の夜のマンション六階・六一〇号室。
高島家では、ワイン片手に飲んだくれている二名の母親が、赤い顔をしていつも通り上機嫌に盛り上がっていた。
「ねぇ、歩美さん。十年後、子供達が二十四歳になっても、結婚相手いなさそうだったら、結婚させようよ」
「佐和さん、奇遇ね! 私もそれ、ずっと考えてたのよ! お互い親同士、子供同士、よーく知ってる仲だし、親として安心よね!」
「知らない相手同士の結婚となったらさ、相手の両親にも相手の子にも気を遣わなきゃいけないけど、この二人だったらそんなこと気にする必要もないし、気楽!」
二人の赤ワイングラスをカキンと合わせ、同時にぐいっと喉を鳴らした。
一点の曇りのない満面の笑みを浮かべている二人。
高島歩美は、グラスの中身を空っぽにすると、トンと強めにグラスを置いて、机の上のチーズをかじり始めて少し悩まし気な表情を作り始めていた。
「でも、ハル君、かっこいいし、サッカー上手いキラキラ男子だからなぁ。無条件で女子にモテるから、その頃には抜けてる彩芽なんて、相手にしてくれないという可能性が……」
歩美の悩ましいというような呟きが、西澤佐和の耳に届くと、大笑いして一蹴していた。
「歩美さん、大丈夫! 陽斗は、あぁ見えて一筋なの知ってるでしょ? アヤちゃんだけ」
「そっか、それもそうね! 彩芽も似たようなもんだったわ!」
二人の甲高い笑い声が、重なって部屋中に響くどころか、薄い壁をも突き抜けていった。
――その頃の隣室。六○九号室。西澤家。
「ねぇ、陽斗。また、何か言ってるみたいだよ」
テレビ前のソファで、ゲームのコントローラを握り続けているのは、飲んだっくれの母親二人の酒の肴にされている、張本人たち。十四歳の中学二生の高島彩芽と西澤陽斗。
親の話は全部筒抜けだ。
勝手なことを言われて、勝手に盛り上がっていることは、二人の耳にもしっかりと入ってくる。
それは、今に始まったことではなく、このマンションに越してきた約七年前の翌日から続いている。
この訳のわからない会は、毎週末開催される。
そのときは、どちらかの部屋に親が集まり、もう片方の部屋に陽斗と彩芽が追いやられることになっている。自然と出来上がったルールだ。
親同士だけで酒を飲みたいという我儘で、追いやられた二人の空間。
当初不満はあったのだが、それは当たり前の日常の一部で、なければならないものとなっていた。
「酒のツマミにされているのは、いつものことだろ。ほっとけ。そんなことより、彩芽は目の前に集中」
陽斗に言われて、それもそうかと、彩芽も目の前のサッカーゲームへ集中することに専念する。
実際のサッカーでは、足元にも及ばないけれど、ゲームとなれば話は別。私に集中と注意を促したくせに、ゴール前は隙だらけ。
彩芽は、思い切りシュート。陽斗の守りは、スカスカで、簡単にゴールネットを揺らしていた。
「やったー!」
満面の笑みで右手を突き上げる彩芽を睨んで、悔しそうに床を叩く陽斗。
現実では、練習台で彩芽にボールを持たせても、シュートなんて簡単に阻止できるのに。
「くっそー! もう一試合だ!」
「いくらやっても、同じだと思いますけどねー」
ふふんと、鼻を鳴らす彩芽。
それに躍起になる陽斗。親同様、こちらも大いに盛り上がりをみせる。
それから十年。
二人は親たちの酒の肴になっていた、その歳を迎えようとしていた。