落し物から渡り手へ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うーむ、ここ最近、落し物が多いような気がしないか?
この間などは、ふた付きの箱とかまるまる落としていてさ。本当に気づかなかったのかなあ、と心配になってしまう。
――その落し物は、しかるべき場所に届けたのかって?
申し訳ないけど、やっていないよ。そのままだ。
ずっとむかし、学校で落し物をクラスの女子に届けたらさ。礼を言われるどころか、「触らないで、汚らしい!」て、ののしられた記憶があったのよね~。
向こうにとっちゃ、なんてことない率直な言葉だったんだろうが、まだ幼く純真な俺少年の心はいたく傷ついてな。
たとえ落し物であっても、自分から触って届けようという気持ちにならなくなっちまった。また同じようなことになって、ダメージ食らうよりもましだ。
薄情に思われようが、あのときのショックのでかさは俺にしかわからんだろう。
つぶらやはどうだ? その手の落し物はちゃんと届けるか? スルーするか?
触らぬ神になんとやらという言葉もある。なまじ触れたがために、やっかいごとにかかわる恐れもゼロじゃない。
いちいち、言い出したらキリないという意見もあるだろうけど、そのケース、耳に入れておいていいと思うぜ。
俺のおじさんから聞いた話なんだが、おじさんも落し物を届けたことがあったようだ。
指輪ケース。ドラマとかでは何度か目にしたことはあったが、実物を見るのは、当時はじめてのことだったらしい。
物珍しさもあって、つい手に取ってしまった。手動でフタを開け閉めするタイプだったらしい。
両手で包み込めるかとおもう箱の中には、何も入ってはいなかった。
指輪はおろか生地の一枚も入っておらず、藍色の外観に対して、真っ白い装い。フタの裏も箱の底も、チリひとつ入っていないものだった。
ふと、おじさんの背後から陽が差してくる。
その日はおりからの曇り空。朝からいまこの時まで、日差しには縁のない時間だった。
うなじに熱を感じ始めるや、開きっぱなしの箱の底が、きらりと照り返す。
カメラのフラッシュを思わす強さ、唐突さ。たまらず、おじさんは数秒、目がくらんでしまう。
視力が戻ってから、あらためて見る箱の底だが、ガラスのような照り返す物質でできているでも、すっかり溶け込んで目立たなくなっていた反射物が入っているでもなく。
不自然さを覚えながらも、おじさんはそのケースを交番へ届けたのだそうだ。
家への帰り際、またふと目に光が入った気がし、腕でぬぐった。
じかに太陽を見たわけでもないのに、このまぶしさ。おじさんは当初、それを重く見てはいなかったみたいなのだけど。
問題は、翌朝から起きた。
ぐっすりと寝て、目覚めたおじさんだったが、すぐに自身の変調に気づく。
フラッシュをもろに浴びせられた直後の、あの視界だ。
おじさんの場合は、白と黒と青をまぶしたような大きな斑点が、視界の大半を埋め尽くすように、像が残ってしまうらしい。
昨日の箱開けのときも同じだったが、ほんの数秒程度で回復している。
それが今回は数分が経ってもこの調子。勝手知ったる家の中なら、これでもまだなんとか歩き回れるものの、人と車の行き来する天下の大路を歩くにはいささか不安だ。
それでも、おじさんは親たる祖父母に黙ったまま、朝の支度を終えて出発する。
視界の異状より耐え難かったのは、欠席による穴だ。
休んだことで、その日にあったことをみんなと共有できないのが、たまらなく怖かったらしい。授業内容などもだが、良いにせよ悪いにせよ、その日その時に何かしらのイベントがあったとき、体験を共有できないのが嫌だったとか。
後で話題に出たとき、まわりが「あ~、はいはい、あのときね」と盛り上がる中、自分だけ蚊帳の外に置かれる。そうなりたくはなかった。
ならば、無理をしてでも、時間を一緒できるように努める。
通学路を歩くのは、せいぜい10分程度。
赤信号で足を止められるたび、しきりにまばたきをしてみて視界の回復をはかるおじさんだが、期待した効果はあがらない。変わらずの、視界不良を強いられる。
しかも、その様子がおかしかったのか。この日はやけに他の人に、じろじろと見られる時間となって、おじさんとしてはいささか不快だったそうな。
特にすれ違う相手によっては、避けるような仕草もちらほら。
それもさりげなく距離をとる形じゃなく、おおっぴらに腕で顔を覆うようなよけっぷり。
――いくらなんでも、この嫌いようはなくね?
心にダメージの行き始めるおじさんだが、何度か見るうちに心当たりが出てくる。
あれは嫌がるというより、まぶしがっているんじゃないか……と。
仲のいい友達と話してみて、おじさんは確証を得る。
この日のおじさんの両目は、不意に強い光を放っているのだと。
それは昨晩、おじさん自身が指輪ケースを開いたときと同じ。突然の輝きに、つい自分の目を守るような動きを見せてしまうのだと。
おじさんは結局、その日が終わるまでずっと視界不良のままだった。体育のような身体能力を求められる科目がなく、ノートもできる限りで板書をする。
さいわい、授業中にあてられることがなかったから恥をかくことはなかったものの、ノートは借りて、不十分なところは補わざるを得ない。
そこからも、どうにか学校から家へ帰りつき、寝るまでおとなしくして過ごしたそうな。
おじさんの状態は、翌日には回復していた。
いや、状態としては「回復」だろうけど、広く見れば違うのではと感じる一日が待っていた。
その日、学級閉鎖が心配されるほどに生徒が休んだ。登校してきた生徒も、おじさんが見る限りで、双眸が急にあの強い光を放ち、こちらの目をくらませてくることもあったそうな。
友達に聞いていた、昨日の自分の状態と同じ。距離を取るより先に、つい顔をかばってしまうような光を、おじさんは何度も受けた。
おじさんひとりのみだっただろう昨日とは違い、今日は相当の人数がいて、ざわつく声もよく聞いた。
校舎の外でも、この日はやたらとパトカーや救急車のものとされるサイレンが行き来し、おじさんはドライバーたちにも、同じようなことがあったのではないかと思ったそうな。
おじさん含め、かの光にかかわった面々は後日、眼科で目を診てもらうも異状は見当たらなかったらしい。
あのとき、開いた箱の中。何もないように思えたあそこには、純粋な「光」が閉じ込められていたのかも、とおじさんは話す。
それは自分の目から、多くの人の目へ渡り歩いていき、今もどこかでまた、輝きを放っているのではないかと思っているのだとか。