9話 七帝同士の激突
崩壊した帝都を外目に二人の強者が向かい合う。
焼き焦げた帝都から怒気を放つ男と、それを空から見下すヴィクトリア。二人は互いに視線を交える。
そして男は両手に持った剣を強く握りしめると、ヴィクトリアを睨みつけて怒号を放った。
「……ヴィクトリア……貴様……っ!」
「アナタは確か『七帝』の──」
「ガブレア・ジグラードだ! クルーエル、貴様『七帝』の決まりを忘れたか!」
ガブレア・ジグラード。『七帝』に入るその名は、かつてヴィクトリア達と共に『西方大陸戦』を収めた英雄の一人。
魔国最強の魔法剣士でもある彼は、帝都に現れた七帝の名を騙る少女の一報を聞いてこの戦場へと足を運んだ。
しかし彼の到着は一歩遅く、既に焼け野原にやってしまった帝都とその実行犯であるヴィクトリアの姿だけを目撃することとなった。
「まさかとは思いますが、ワタクシに非があるとお思いで?」
「愚問だ! 貴様が動けばこうなることは分かっていただろう、なのになぜ手を下した? 七帝は国家絡みの戦争には加担しない、貴様その約束を違える気か!」
ジグラードの言葉に、ヴィクトリアはため息をついて馬鹿らしいと両手を広げる。
「論外ですわね。先に喧嘩をふっかけてきたのはそちらではなくて?」
「王国が動けば他国が牽制に入るのは理の当然。我々は王国の卑劣な策謀に対し正義の鉄槌を下しているまでだ!」
「生命を冒涜している国が正義を語るとは滑稽ですわね」
挑発的な言葉をぶつけてくるヴィクトリアに対して、ジグラードもまた怒りを抑えるように歯を食いしばる。
しかしそんな状況でも、ヴィクトリアは余裕のある表情を崩さなかった。それは己が強さからくる絶対的自信。まさに慢心だ。
ジグラードはそんな彼女の様子を見て向けている剣を下げた。
「……特別にこの場はオレに免じて退くことを許そう」
「誰に向かって言ってるんですの?」
「ここは大人の対応を見せる時じゃないのかクルーエル。それとも何か? このオレと正面切って戦おうなどと世迷言を言うつもりではないだろうな?」
兜を被ったジグラードの表情は窺えない。しかし、その内側から覇気にも似た威圧感が放たれているのをヴィクトリアは感じ取る。
「で?」
「……見逃すと、言っているのだぞ」
「向かって来るのはそちらの勝手ですわ」
「七帝同士がぶつかればタダでは済まないことは貴様もよく分かっているはずだ!」
「なら尻尾を巻いてお逃げなさっては? ワタクシはこのまま魔国に"注意"をしにいくだけですわ」
「クルーエルゥ……!!」
怒気を放つジグラードに対し、ヴィクトリアは嘲笑うかのように口元に手を当てて笑う。
「……そうか、どうしても退かぬというのだな」
ジグラードは静かに呟くと構えを取る。
同時に彼の全身からは剣気と魔力が溢れ出し、周囲の空間を歪ませていた。
「クルーエル、どうやら貴様は『西方大陸戦』の一件でオレの実力を勘違いしているようだな。あの時は本気じゃなかった、手加減していたんだぞ」
「まあ、それはすごい。きっとワタクシでは手も足も出ないんでしょうね」
対するヴィクトリアも戦闘態勢に入ると、右手を前に出して詠唱を唱え始める。
──直後、二人の間に強烈な閃光が迸った。
「後悔しろ、クルーエルゥ──ッ!!」
ジグラードの大剣から放たれる一刀はただの斬撃とは違う、様々な属性が付与された魔法の斬撃。それは崩壊した帝都一帯を再び更地に変えるほどのものであり、ヴィクトリアの周囲を守っていた魔法障壁を余波だけで吹き飛ばす威力だった。
対するヴィクトリアの魔法は、ジグラードの放った一撃と全く同じものをそのまま相手に返すというもの。それもつい今しがた放ったジグラードの一撃を一瞬で模倣するという天才の所業だった。
放たれた二つの斬撃は互いの中央地点で衝突すると光の柱のように空高くまで伸びていき、目を伏せるほどの明滅を解き放って辺り一帯を灰燼へと化していく。
地面は空に向かって崩れ堕ち、瞬く間に蒸発。落雷が落ちたかのような轟音を響かせて拡散した光の粒子が空から零れ落ちてくる。
それはとんでもない地獄絵図だった。
「バカな……!」
凄惨たる光景を目の当たりにしたジグラードは自分の攻撃と同じものが返ってきたことに驚愕し、そしてそれが防がれてしまったことに対して戦慄を覚えた。
ヴィクトリアはそんな彼の様子を見てクスリと笑みを浮かべると、ジグラードに告げる。
「今のが全力ですの?」
「笑止──!」
ヴィクトリアの言葉にジグラードは震え上がり、再び大剣を構える。
「貴様ほどの頭脳と明晰をもってすれば王国の野望を食い止められたものを!」
「舌戦は力なき者の武器であって我々の分野ではありませんの」
「分野だと? このオレは世界を正すために力以外も使っている!」
「アナタとワタクシを同じ物差しで測らないで欲しいのだけれど」
「オレは貴様と同じ『七帝』が一人、ガブレア・ジグラードだぞ!」
「ワタクシは自分の事を『七帝』などと名乗ったことは一度もありませんわ」
「傲慢な女めェ……!」
ジグラードの体躯から溢れ出す膨大な剣気が、彼の怒りに呼応して更に勢いを増していく。
そして再び両手の大剣を構えた。
「たとえ貴様と言えど神速の一刀であれば模倣できまい……ッ」
「ワタクシの魔法が物真似だけだと思っているのかしら?」
「この一撃は如何なる万物にも勝るぞ──!」
ジグラードはそう言うと、両手に持つ大剣を大きく振り上げる。
すると彼の足元には巨大な魔法陣が展開され、そこから眩い光が解き放たれた。
「さぁ、死を覚悟するがいい。七帝魔導士──!」
その光は魔国全土を覆い尽くさんとする程の輝きを放ち、ヴィクトリアの視界を白く染め上げていく。それはまるで太陽の如き神々しさ。
大地を揺るがし、大気を震わせ、そして世界そのものを飲み込もうとする程の破壊の波動がジグラードの大剣に込められる。
そして二つの大剣を後方に引くと、抜刀の構えでヴィクトリアを捉えた。
「地を切り裂く不滅の風よ、天を貫く数多の光よ。我が全霊に応え眼前に立ち塞がる全てを両断せよ! 《光剣・ホーリーテンペスト》オォォッッ──!!」
ジグラードが叫ぶと同時にその剣先から放たれたのは極太の斬撃と竜巻を纏った光線。全てを飲み込む灰燼の一振りと、万物を貫く光の一閃がひとつの極致を生み出す。
白熱する光芒の刃は、ジグラードの魔力と合わさり一つの柱となってヴィクトリアに向かっていった。
対するヴィクトリアは、そんなジグラードの攻撃を見て口元を歪ませると対象に向けて軽く指を添える。
「──《Ray》」
直後、彼女の目の前に出現した小さな魔法陣から青白いレーザービームが発射された。
それはジグラードの放った光線をあっという間に中心から貫き、ジグラード本人の体ごと一瞬で貫通。ヴィクトリア目掛けて放たれた光の柱は寸前で崩壊し、放射状に飛び散って閃光をまき散らした。
「か……かはッ……!?」
ジグラードは自らの胸に穴が空いていることを知ると、口から血だまりを吐いてその場に膝を着いた。
彼の胸からは止め処なく血液が流れ出し、地面を赤く濡らしていく。
そんな彼を見下ろしながらヴィクトリアは呟いた。
「《Meteor》」
彼女がそう言った直後、上空から無数の光弾が出現する。
先程の隕鉄とは比較にならない大きさと量。ゆうに数万は越える隕石がジグラードの視界に映る。
「なァっ……!?」
それは比喩なく、本当に世界を壊滅させてしまいそうなほどの絶望的光景だった。
「星に祈りは済ませたかしら?」
「ま、まて……っ!?」
ジグラードはハッとして、魔国がある後方を振りむきヴィクトリアへ制止を訴える。
そう、ヴィクトリアはジグラードへ向けて魔法を放ったのではない。
「正気か貴様ァ!!」
──ジグラードもろとも魔国を壊滅させる魔法を放ったのだ。
「ま、待てヴィクトリア! それは、その魔法はいくらなんでもやりすぎだッ! おい、聞いているのか!? お、オレが悪かった! だからそれを止めてくれ……! それ以上は本当に魔国が滅ぶ……っ!」
傷口を抑えながら必死に訴えかけるジグラードの言葉に、ヴィクトリアは少しばかり呆れたような表情で片手を天に向ける。
「……フッ」
助かった──。そうだ、この隙に一撃を喰らわせてやろう。
そう意気込んだジグラードはゆっくりと立ち上がると、悟られないように剣気を溜め込む。
しかしヴィクトリアから聞こえてきたのは、まさかの詠唱の言葉だった。
「せめて華々しく。──《Meteor》」
「……はっ?」
二度目の詠唱がジグラードの耳に届く。
既に数万は待機させてあった光弾が倍に増え、上空は真っ黒の隕石で覆いつくされた。
魔の頂に相当する魔法をいともたやすく連発するヴィクトリアの姿に、ジグラードはようやく自らが対峙していた者の実力を認識する。
「ワタクシに口答えするのに七帝風情の地位では低すぎますわ」
もはや大陸を消し飛ばすほどの光弾達を前に、逃げるなどと言う考えは瞬時に不可能だと理解する。
怪物──それが目の前の少女に対する感想だった。
「や、やめろ……やめろォォ──ッ!!」
蒸気すら見せずに流れる星の岩は、ヴィクトリア本人をピンポイントで避けつつジグラードを含む魔国全土に降り注ぐ。
自らの行動を後悔するジグラード。しかしその視界に映ったのは、まるでジグラードのことなど興味なさげに自らの放つ魔法の威力だけに目を向けるヴィクトリアの姿だった。
七帝として名を馳せていたはずの自分は、同じ七帝であるはずの彼女に関心すら持たれていなかった。その事実だけがジグラードの脳内を埋め尽くした。
「そんな、バカなァァ──ッッ!!?」
眩い光が魔国全土を包みこみ、激しい明滅を繰り返したのち白熱の色を地面に灯す。そして次の瞬間、大地を砕く轟音を響かせて辺り一帯は赤白の世界へと変色した。
吹き荒れる熱風、地を抉る衝撃。全てを巻き込んだ流星の弾丸が地上という世界を突き抜けていく。そして、大気が吹き飛ぶ強烈な熱線と地脈が崩壊する衝撃が大爆発を引き起こし全てが決壊。
ヴィクトリアの過剰なまでの魔法攻撃は、魔国全土を小型の超新星爆発へと作り変えた。
「オーホッホッホ! 絶景ですわね!」
有無を言わさぬ破局の一撃に、煌めきの中枢へと引き込まれた魔国は巨大な大穴を空けて消滅。世界地図が書き換わるほどの破滅がヴィクトリアの目前に広がった。
「久々に良いモノが見られましたわ!」
跡形もなくなった魔国を眺め、ヴィクトリアは満足気に笑う。
あまりの衝撃に地面すらも消え去っており、魔国があったはずの場所は視界を埋め尽くすほどの蒸気と水で溢れていた。
「あと4発ほど打ち込んで海に変えても良かったのですが、あまりやり過ぎると文句を言われかねませんわね。今日はこの辺にしておきましょ」
ヴィクトリアはそう言うと、自らの足元に転移用の魔法陣を展開しその場から姿を消した。
──後に『七帝聖戦』として語り継がれることになるこの事件。この日を境に魔国は滅亡し、王国の切り札として掲げられた『七帝』ヴィクトリアの名は世界中に轟く事となったのだった。