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6話 神に立ち向かう意志

 

 地獄を体験したことはあるだろうか。

 私は自分の妹の死体を目にした時、人生で一番の地獄を味わった。これ以上は無いと思えるほどに、感情がぐちゃぐちゃになったのを今でも覚えている。

 だが世界は広かった。

 私は今、新たな地獄を体験している。


「ぶぁっ……! ふぐッ──!?」


 ミットの一撃で当然跡形もなく消し飛んだ私は、いつもの部屋のベッドへとリスポーンして無事復活を遂げていた。

 ──が、その瞬間再び死んだ。


「まっ、ぶはァッ! ゲホッ、がはッ──!?」

「まだまだいきますよ」


 戦いが起きたエントランスから復活する部屋まで約500メートル以上はある。だというのにミットはものの一瞬で、しかも私の部屋だけを特定して再度襲い掛かってきたのだ。

 死んでは生き返って、そしてまたすぐ死ぬ。降参なんて言える時間は残されていない。これは果たして地獄なんだろうか? いや、地獄なんて比にならない仕打ちだ。

 傍から見たら虐殺というのすら生温い光景、一方的な攻撃。反撃なんてとてもじゃないが出来る状態じゃなかった。


「この程度ですか? 立ち上がり、反撃しようとは思わないのですか?」

「う"あ"っ! くッ……! がはっ──!?」


 戦いが始まってからゆうに数時間。ミットの手が休まることはない。それどころか殴打の速度がどんどん増していってる。

 やがて私は死という概念をその身に刻まれ、痛覚が残る程度には死ぬまでの時間が長くなっている事に気づく。それは私の耐久力が増えた事であり、痛みを感じる時間が伸びたと言う事だ。

 強くなるためには効率的な手段かもしれないが、冗談じゃない、激痛が止まらない。


「やはり人間とはこの程度のものなのですね」

「ふぐぅっ……ぐあァッ……!?」


 今になってあの時バケモノ男が言っていたことを理解する。

 最後まで立っていられたら、か……。もう半分ベッドに横たわった状態で応戦している。いや、応戦なんて言えたものじゃない。防戦一方(リンチ)だ。

 まだ一度もベッドから立ち上がっていないのに、全身が痙攣して力が入らない。それほどまでにミットは強かった。あのバケモノ男とは比べ物にならないほど強かった。


「さて、そろそろ壊してあげ(終わりにし)ましょうか」


 ……なるほど、これがこの世界の神ね。納得せざるを得ないほど逸脱した力だ。

 痛い、辛い、苦しい。もう生き返っても口から泡が噴き出るほどの精神状態。永遠と続く激痛、死んでも死んでも解放されない苦痛。心から死にたいと思ったのは初めてかもしれない、あまりの苦痛に不死身になったことすら後悔していたかもしれない。

 だけど、そうね──。こんな程度でいいのなら、まだ()()()だ。


「……!」


 数時間止まることなく死体殴りをしていたミットが突如手を止める。


「……ふふ、ぶ、ごぷッ、ゲホッゲホッ……!?」


 無傷なのに大量に吐血する私は、それでも無理矢理笑いながら腰を上げた。しかし、既に言う事を聞かない体は自身の意志に反して崩れ落ちる。

 それでも動き、ベッドから立ち上がる。何度も転びながら、何度も血を吐きながら。歪む視界に映るミットに迫ろうとする。


「ごぷっ、おぇぇ……ゲホッ、ふふふッ、……うッ!? ゲホッゲホッ……!」

「何……?」


 その気迫にミットは後ずさっていた。

 目の前にいるのは踏めば死ぬ下等生物。自分より遥か下に位置する存在であり、万が一の事があっても自分に傷をつけることすら出来ない存在。

 そんな弱小種族である人間を相手に、何故自分は足を下げているのか? 何故この少女は笑っているのか? その疑問がミットの焦燥感を更に煽り立てる。

 果たして目の前にいる少女は本当に人間なのだろうか、と。


「あんた、が……げほっ、神様、だろうと、げほっ、げほっ……! バケモノだろうと、どうでもいい……。ただ、私はここで歩みをやめるわけにはいかない……」


 夕焼けを断罪するかのような風が窓を突き破り部屋に流れ込む。


「いい、かしら……」


 魔力を携えた膨大な剣気が私の体から溢れだす。

 私はこの世界の人間じゃない。だから魔法は使えないし、魔力なんてあるかどうかすら分からない。だけど、そんな私の体から出てきた圧倒的な剣気は確かに魔力と呼べるものだった。

 ミットが押さえつけていた気迫を更に上回る殺気で上書きし、私は逆にミットの体をその場に固定させた。


「なっ……」


 この身はどうなってもいい、どれだけの苦痛や屈辱に塗れてもいい。ただ目的だけは絶対に遂げる。どんな理不尽が覆いかぶさってきても、どんな不条理が重なっても、この切望の前には誰であろうと立ち塞がることを許さない。

 だって、決めたんだから。あの時に、どこまでも強くなるって、あの男を必ず殺すって。その願いを叶えるまではどんな相手だろうが絶対に屈しない。

 本当の絶望(復讐相手)に比べたら、あんたの壁は小さすぎる──。


「私に恐怖は効かない、私に苦痛は効かない、その程度じゃ私の精神は揺らぎもしないわよ……!」


 肉が張り体中が痙攣しているのを無理矢理動かし、剣を抜く。


「たとえ死んでも、狂っても、絶望しても、この体が動かなくなったとしても……! 私は……今の私はッ──!! アイツを殺すまで、この歩みを止めるわけにはいかないんだ……ッ!」


 無傷の体からバキバキと骨が軋む音が響くが、その痛みを無視するように私は力を入れ続ける。

 痛い、痛い──! 自分が自分じゃなくなるくらいの激痛だ。だけど、ただそれだけの苦痛だ、それだけの痛みだ。力を緩める理由にはならない。


「バカな……!」


 対して異常な危機感を感じたミットは、魔法陣のようなものを構築して再び私を抑えつけようとする。

 だが私はそれを跳ねのけるように一歩、また一歩と足を動かした。


「なっ、何故なぜ動け……それにこの魔力の乱れ方は……まさか、ただの人間が『アレ』に干渉しているとでも……。一体どういう法則で……いや、そもそも貴女はいったい何者なんです!?」


 余裕がなくなり、目に見えるような焦りを募らせるミット。

 それでも私は一切歩みを止めない。計り知れないほどの驚異的な殺気を向けるミットを正面から目をそらさず捉える。


「知っているでしょう……。私は人間、あんた達の言う最弱矮小な下等生物よ。だけどね……たった一人の大切な妹の敵を討つためだけに生きてる、わがままなお姉ちゃんでもあるのよッ──!!」


 最後の力を振り絞り攻撃を仕掛ける。真っすぐなまでの、真率一刀の一撃。誰にも破られない開闢の意思。

 残された全ての力を剣に込め、私はミットへとその剣を振るった。


「はぁああああッッ!」

「くっ……!」


 だが剣を振り下ろす瞬間、ミットが一瞬でその速度を上回る強烈な打撃を放った。

 そして私の顔面を殴り飛ばし、最後の決着がつく──。同時に、全身に入っていた力が抜ける感覚がした。


「ぁ──」


 ほんの一瞬勝てるかもって思っていたけれど、現実はそう甘くはなかった。

 せめて最後に一矢報いたかった、一撃をお見舞いしたかった。だけどやっぱり、今の私じゃ神には到底及ばないか──。

 意識が途切れるその瞬間まで、私は剣を振り下ろそうと意志を残したまま眠りについた。


 ◇◇◇


 満足したような顔をして眠る人間の少女、愛夏を見て私は現実を疑う。

 そう、私は確かにこの人間を殺した。彼女が攻撃する前に、その剣が振り下ろされる前に先んじて殴り殺した。それは間違いない。

 だから、決して一撃を通せる状況じゃなかった。

 なのに──。


「……ッ」


 私は後ろに広がる光景をみて青ざめる。神である私が、だ。

 この部屋から先は洋館などではなく、砂埃が起こるほどの完全な平野と化していた。

 洋館は完全に消え去り森は壊滅、直線に居た魔物は全て()()()()されていた。


「……ありえない、ただの人間にこんなことが……」


 この惨劇を引き起こしたのは誰か、私か? 違う。そこに眠っている小柄な体格をした小娘、愛夏がやったものだった。

 あの時確かに彼女は死んだ、私もそう確信していた。だがこの人間は死んでも尚剣を振るった、振り下ろしたのだ。

 力の限り、肉体でも精神でもない。自らの意志だけで。


「……これは、とんでもないものを拾ってきたようですね。ご主人……」


 私はその時ようやく理解した。

 あの男が何故こんな人間である小娘を生かしておくのか、何故神である私との戦いを薦めたのか。今はその理由が少しだけ分かった。

 果てしなく強い、それはいつしかこの世界の化物達とも渡り合えるような潜在能力を秘めている。

 もし私がさっきの攻撃をまともに食らっていたら、無傷で耐えれただろうか?


 ──それは、右腕に流れる血を見れば問うまでもなかった。

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