5話 第二の強者
「……だれ?」
見た目は20歳くらいの女性だろうか、長い黒髪が風に揺れる。
その女性は少なくとも私の眼には人間として映っていた。
「私はミッ──人間風情に名乗る名はないな」
途中、何かを言いかけたその女性は軽い咳払いをして威厳を見せつける。
人間風情、それほどこの世界では人間と言う種族は底辺の存在なのだろう。どちらにしろ、この女性もバケモノ男と同じで上から目線タイプか。
強者とはどうしてこうも性格に難があるのだろう。
「こいつはミトロジーだ。『ミット』と呼ばれることが多いな。見た目は人間だがれっきとした魔物だぞ。まぁ、普段はアホでバカで何もないところで転ぶようなマヌケだがな」
「ちょ」
バケモノ男に紹介されて、私は無言と真顔でミットと呼ばれる女性の方を見る。
「……あっそう」
私は可哀想な目でミットを見つめる、いや見下す。
それを見たミットは赤面しながら俯くと、プルプルと震えて泣き出した。
「あぁぁせっかくの私の威厳がああああっ!」
先程までの強者感が消え、深淵を見たかのような瞳で地面に這いつくばるミット。
このメイドもしかして相当頭弱いんじゃ。
「お前に威厳なんかあるわけないだろ、愛夏も犬として扱っていいぞ」
やっぱりと言った感じでバケモノ男から追撃を浴びせられるミット。
主従関係とはこうも立場を虐げられるものなのだろうか、いや単にバケモノ男が冷酷無比なだけの可能性もあるわね。
だけどこっちはこっちで大変なことになってる。何が大変かって、ミットが地面に這いつくばりながら吐血してる。
「もうやめてぇ……ゲボォ」
何がそんなにショックなのかはわからないが、相当落ち込んでいる。と言うか瀕死寸前のダメージを受けてる。
流石にこのまま黙っているわけにもいかず、私も何とか声をかける。
「……なんでそんなに落ち込んでるのよ」
「おぉっ! 聞いてくれますか!? 実は私は長年ここに住んでいるのですが! ここには人が、いや会話の出来る生物がが全く来ないんですよ! おかしくないですか!? だから私の威厳を広めることもできなくて困っていたのです! せっかくあなたを私の事を崇拝する第一人者にするつもりだったのに!」
なるほど、頭おかしい。
「崇拝って、神でもないのに」
私はあほらしいとミットを一瞥してその場を去ろうとした。
しかしバケモノ男にそれを止められる。
「まぁまて、修行相手がいなくて困ってるんだろう?」
「……? そうだけど」
「ならばミットに胸を貸してもらうと良い、そうすれば修行にも困らないだろう」
男は解決したかのような表情で言う。
「え、こいつが? 強そうには見えないけど」
「ミットは強いぞ、まぁ夕食まで遊んでるといい。無事に立っていられたらお前の食える飯を用意しておこう」
立っていられたらって、例え死んでも復活するのに何を言ってるんだろうか。
「ちょ、ちょっとご主人! 私の意志は! なんで私が人間なんかと──」
「ミット、お前に拒否権はない」
「はうぁ~!」
後は任せたと言わんばかりにその場から声が消えるバケモノ男。
そして間の抜けるような声で壁に野垂れかかるミット、本当にこんなやつが強いのだろうか。
「はぁ……まぁ良いでしょう。あなた、お名前は?」
「愛夏よ」
私は剣を抜くと我流の構えで警戒を始める。そう、例え相手が弱くても油断は禁物。弱者が強者に勝てない道理などないのだから。
ミットは私の構えを見て戦闘態勢を取ったことを察すると、持っていた袋を端に置いてこちらを向いた。
「では愛夏さん、──降参するときは『降参』と、言ってくださいね?」
「──ッ!?」
そう言った途端。突如辺りの空気が、いや空間そのものが弾け飛んだ。
幻覚を見せられているかのような異質な光景が辺り全体に広がる。脱力した色と不気味な波が広がる泥沼の世界。本物の深淵を覗いたかのような緊張感と、吐き気を催すほどの圧迫感。
「なっ──!」
バケモノ男から学んだ。これは、この気配は殺気。だけど、──尋常じゃない!
「ほう、私に見られてまだ生きているとは上等です」
ミットは足を一切動かさず滑るように私の間合いに入る。
まずい。攻撃しなきゃ、反撃しなきゃ。いや、せめて逃げないと……!
でも、か、体が……動かない──!
「体は動きませんか、そのままでは鼓動まで止まりますよ」
「いっ、ぎっ……!?」
どうなっているの──!? 息が苦しい、呼吸が出来ない。なにもされてないのに、ただ見られているだけなのに、目の前の相手に直視されているだけで死にそうになる。
殺気が全身を貫いているかのような感覚に、剣先が緩んで意識が遠のいてくる。
一瞬で悟った。この女、ただの魔物じゃない──!
「あんた……なに、もの……!?」
「私は神話の創造主。数多の魔物の頂点に君臨する神話生物達をこの手で創り上げ、かつてはこの世界をも統べていた原初の神──『創造神』です」
そういってミットは青ざめる私を自らの気迫だけで押さえつけると、その右手をゆっくりと翳す。
こっちは完全に無防備な状態、こんな状態でそんなものをくらったら──。
「安心してください、星が砕ける程度の力です。見事痛覚が残るまで生き長らえてみせなさい」
一瞬、ミットの背後に見た事もない怪物の影が浮かび上がる。そしてそれが本来のミットの姿──本体なのだと悟る。
そこからミットは見えない速さで襲い掛かり、目にも止まらぬ速さで繰り出された破壊的な殴打は、反応する間もなく私の顔を一瞬で貫いた。
その余波は洋館の外まで響き渡り、各地方では稀にみる大地震が起きたという。