4話 死生観
この洋館に住まうことになってから10日が経った。その間に私は一切の食事をとっていない。
空腹で野垂れ死ぬことも当たり前になり、死ねば空腹が収まった状態で復活するのをいいことに自害することも当たり前の日々だ。
「……服が汚れたわね。死ねば元に戻るかしら」
私の死生観はもう完全に壊れている。死に対する恐怖は生きとし生けるものにとって必要不可欠な要素、それを失っては常時死んでいるようなものだ。
だけど今の私にはそれでよかった。
「ねぇ、ちょっと殺し合いしてくれない?」
「今忙しいから後にしてくれ」
「じゃあ勝手に襲い掛かるわ」
強くなるためならなんだってする、どんな苦痛だって耐え抜いて見せる。今の私を動かしているのは狂気に等しい執念だけだ。きっと誰にも理解されない、されたいとも思わない。
ただ強くなるために、あの男を殺すためだけに。私は狂気の沼に浸かっている。
──そしてついに1ヵ月の時が過ぎた。
私は今日も今日とて修行の続き、適当な場所でいつも通り剣を振っていた。
途中で洋館全体に昼食を知らせる鐘が鳴るが、テーブルに並ぶのはどうせ人間の肉。調理もされていない生の血肉なんて死んでもごめんだ。
だから今日もこうしてひたすらに剣を振るう日々を続けていた。
「こんな廊下の真ん中で剣の修行なんて行儀が悪いぞ、そういうのは外でやれ」
無我夢中で剣を振っていると、洋館中にあの男の声が轟く。まるで館内放送だ。
そんな超常現象の様な彼のやり方にも慣れてきた私は、物怖じせずに淡々と答える。
「うっさいわねバケモノ男。外になんて出ようにも出れないじゃない」
実は先日、ここから逃げようと洋館の正面玄関の扉に手を掛けたことがあった。
だけど無理だった。外から入ってきたときはあっさりと開けられたはずのその扉は、なぜか内側からだとビクともしない要塞と化していたのだ。
試しに剣で切り刻もうとしたら攻撃が反射されて致命傷を負う始末。一体どうなってるのか訳が分からない。
ただ少なくとも、私がこの洋館を当分出られないということは分かった。まぁ出られたところで逃げることは不可能でしょうけど。
因みにあの男のことは『バケモノ男』と呼ぶことにした。事実人間の皮を被っただけのバケモノみたいな男だし、本人に言っても異論はないようだった。
「修行場所なら庭があるだろう」
「庭? あぁ、あそこは毒が蔓延ってるし体が重いし地面から炎が出るし意味わかんないわよ。拷問場所かと思ったわ」
「ふむ、まだ合わないか」
バケモノ男が洋館を不在にする日は結構多い。
私はその隙をついて洋館を調べたことが何度かあったが、類を見ないほどの奇天烈さしか感じない部屋ばかりでどれも今の私には手にあまる場所だった。
それに、あまり勝手なことをしでかしてはバケモノ男の癇に障るだろう。私の命はコイツにずっと握られている状態だ、釈然としないがあまり怒らせるようなことをするつもりはない。
と言っても、今は別な問題を抱えているのだけど。
「私だって毎日素振りばかりで飽きてきたわ、せめて相手が欲しいところよ。あんた相手だと一瞬で終わって学べるものがないしね」
「手厳しいな」
まぁ、一瞬で死ぬ私が悪いんだけどね。
「ふむ、ならちょうどいい。相手になる者が今帰ってきたぞ」
バケモノ男の言葉に疑問を持っていると、エントランス正面入り口の玄関の扉が開いた。
大量の食材が入った大きな袋を手にそこから顔を見せたのは、メイド服を着た美人な女性だった。
「あらお客さんですか? 珍しい、生きてるなんて」