3話 不屈の玩具
起床し見慣れた天井と部屋を見渡す。
「……もう朝か」
私がこの洋館に来てから既に3日が経とうとしていた。
あれから隙を見ては何度もあのバケモノじみた男に挑むも結果は変わらず。全て返り討ちにされてしまい、数えきれないほど殺され続けた。
それでも洋館の効果、もといあの男の力で不死身となった私は幾度となく生き返り再び男へと挑む日々。挑んでは死に、挑んでは死にの繰り返し。
だが慣れと言うのは恐ろしいもので、私はこの3日間を過ごす上で段々と死ぬことへの躊躇いを覚えなくなっていた。
「いい加減にしてくれないかしら。私を捕まえて殺しもせずに、一体何が目的なの?」
エントランスで音楽を聴きながら優雅に天井を歩いている男を私は睨みつける。
「言っただろう。興の一環だ」
「その興について教えて欲しいって聞いてるんだけど」
「お前には理解できまい」
男は口角を上げながらいつものように私を煽る。
「はぁ……。私を玩具のように弄ぶのは結構だけど、既に壊れてるオモチャはこれ以上壊れないわよ?」
「言うじゃないか、だがこの状況はお前にとっても都合がいいはずだ。ここにいればいつでも俺を殺すチャンスがあるのだからな、違うか?」
「それは……」
不可能だ、とは言えなかった。この男がどれだけのバケモノだろうと、例え神だったとしても絶対に殺すと決めたのだから。そのために何もかもを捨ててここまで来たのだから。
そう、必ずどこかに弱点があるはず。それを見つけて、必ず──。
「ほら、良い目をしている。あれだけ苦痛を味わい死に続けた人間がまだそんな目をするなんて到底信じられないことだ。お前には人並み越えた精神力があるな」
「まるで私と同じ境遇の人間を知っているかのようね」
「愚問だ。強者にはその特権がある」
男は平然と答える。
強ければ何をしてもいいと思っているのだろう。それは弱肉強食の理論では正しいのかもしれないが、その行為の範疇には限度がある。
この男には倫理観というものがないのだろうか? 私も人を咎められる立場じゃないものの、この男の鬼畜外道さには骨が折れる。
「ところでそろそろ名前、いや通称名でもいい。呼び方を教えてくれないか? いつまでもお前お前と呼んでいては生活に支障が出るだろう」
「別にあんた一人しかいないんだからいいじゃない」
「本当にそう思うか?」
男は天井から姿を消し、私の目の前に現れるとニヤついた顔で私に問いかける。
少なくともこの3日間常に洋館内の気配を探っていたけれど、この男以外の気配は全くなかった。確かに一人の男が住むにしては大きすぎる洋館だが、常識はずれの男に常識を求めるのは間違っているのだと自分を納得させていた。
……まだ他にも、この男のようなバケモノがいるのだろうか。
「まぁ、とにかく名前を教えてくれ」
男は面倒くさそうに頭を搔き、対する私は諦めたとばかりに溜息をつく。
「……愛夏よ」
「ふむ、愛夏か……良い名だ」
「はぁ、まさか復讐する相手に名前を教える日が来るなんてね」
「復讐出来るといいな」
「何を他人事みたいに言ってるのよ、ぶっ殺すわよ」
「いつでも構わんぞ」
私は肩の荷を下ろすように食卓に着く。
「それで、今日の食事は何かしら?」
「人間の肉だ」
この洋館に来て3日、未だにまともな食事を取ってない。
テーブルに運ばれて来るのはいつも魔物や人間の肉。男にとってはコストがいいらしく、私を放っていつも1人食事している。
もはや私に食べ物を与えるつもりは無いようだ。この鬼畜の扱いにもそろそろ慣れてきた。
「そろそろ私餓死しそうね」
「死ねば空腹も収まる」
「……はぁ」
まるで効率的だと言わんばかりに私に餓死しろと突き付けてくる。
いくら不死身だからといって、この待遇は外道と同じね。
「あんたに道理を説く気はないけど、外道も泣いて逃げる性格してるわね」
「この状況に順応出来てる愛夏も相当だがな」
順応なんて大層なものじゃない、私はただ与えられた選択肢から選んでるだけ。
怖いとか、憎いとか。そういう感情は内に秘めているだけで最近では表に出なくなった。3日前コイツに激昂していた頃と比べれば随分と落ち着いたように思う。
「そういえばあんたの名前は聞いてなかったわね」
私の問いに、男は少し困った顔をしながら答えた。
「俺か? ふむ、名前は無いのだが。好きに呼ぶといい」
「人に聞いといてそれは無いわよ、まぁバケモノとか悪魔って呼ぶことにするわ」
「バケモノや悪魔なんてこの世界には巨万といるぞ」
「あっそ、まぁ復讐相手の名前なんてどうでもいいことだったわ」
そう言いながら、私はテーブルに置かれていた人間の生肉を摘んで食べた。
「……まっず」
うん、これを腹に詰めるのは無理ね。餓死した方が良さそう。