瑠璃の想い
絢ちゃんが倒れてから、もう一年と一か月が過ぎてしまった。
半年間の昏睡状態から絢ちゃんは、奇跡的に目を覚ました。お医者さんからは目を覚ます可能性はとても低いだろうと伝えられていた為、始め私はとても喜んだ。しかし、それは、一瞬のことだった。私のたった一人の家族は起きるなり、咳き込み血を吐いた。
「だ……、れ……、?」
それが目覚めた絢ちゃんの最初の一言だった。勿論、あの絢ちゃんのことだから、「るな姉!」なんて言うはずもないのはよく分かっていたけど。せめて……せめて…。
たった一人の家族なのに!
どうして?
なんで、私の大切な人はいなくなってしまうの…?
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絢ちゃんが倒れてから、私は家族の大切さを思い出した。「一緒に生きていこう」と言ったくせに、私は絢ちゃんをちっとも顧みていなかった。
今更、何を思ったって無駄なのは、よく分かっているけど、いつか、元の、昔のように話したいな。
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絢ちゃんはそういう症状なのか、倒れた時に頭を打ったからなのか、ほとんど全てを忘れてしまった。
食事の方法、眠くなれば寝るということ、病院以外の建物があること、文字の読み書き。そして、私のこと。
本心を言うなら、とても寂しい。私がどんなに呼びかけようが、もう前のように返事はしてくれない。私の声にふにゃっと笑いもしない。
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ごめんね。
ごめんね、絢ちゃん。私は、倒れるまで絢ちゃんの異変に気づけなかった。
ごめんね、ママ、パパ。私は大切な家族を守れなかった。約束、破っちゃった。
ごめんね。
謝ったって絢ちゃんは元に戻らない。無くなった記憶を取り戻せない。
……本当に、ごめんなさい。
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私は、絢ちゃんの記憶がなくなったことが、もう私無しで生きていけないことが、ほんの少し嬉しい。
ダメなことだと分かっている。でも、感情は止められない。
この、仄暗い想いは、消せない。
絢ちゃんは退院できない。一人で生活などできない。この病で比較的、健康体な絢ちゃんは珍しい。
先生が仰るには、絢ちゃんの退院する可能性は薄いらしい。
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絢ちゃんは、私を、「立花瑠璃」だと認識できていない。誰か、他の、何かに見えているらしい。
絢ちゃんの視力はもう、ないはずなのに。
絢ちゃんは、私を、「もね」と呼ぶ。ひどく優しい声で。
呼ばれているのは私ではない。絢ちゃんはずっと「もね」だけを呼んでいる。ほぼ全ての記憶を失っても、「もね」を覚えていた。
この事実が、ひどく、痛い。
……そういえば、私が訪ねた時も、誰かと話しているみたいだった。
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