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神は歪な愛を所望した  作者: 猫カ川遊子
第一部 レイツェル・オルヴァーリオ編
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第04話 嫌いな話題は婚約者




 お茶会の会場であるスミントス伯爵の庭園は、先々代が妻の為に造ったバラ園が有名だ。

 様々な種類のバラが植えられており、その数は帝国でも随一である。中でも、先代の皇帝に献上された薔薇は香りが強く色も濃い赤色で存在感があった。


「レイツェル。今日は、来てくれてありがとう」


 そう声をかけてきたのは、お茶会の主催者でもあるスーリ・スミントスだ。小柄で小動物のような愛らしさがある彼女は、レイツェルが気を許せる数少ない友人でもある。


「私の方こそ、久しぶりにスーリと話せて嬉しいわ」


「お互い、何かと忙しかったものね。今日は少人数のお茶会だから、気楽にしていってね。私は他の方々への挨拶が終わったらすぐに行くから」


「えぇ、分かった」


 スーリの言葉に、レイツェルは頷いた。確かに今日の招待客は顔馴染みばかりなので、夜会より気負う事もなさそうだ。


「レイツェル様、お久しぶりです」


「お会いしたかったですわ」


 数名の令嬢たちに囲まれながら、レイツェルは「お久しぶりです」と微笑む。

 立食形式のお茶会は、庭園を存分に楽しめるようになっており、各々が集まって談笑したり一人で花を愛でたりと好きにできた。


「そう言えば、聞きまして?」


 貴族令嬢の話題によくあるどこの化粧品が素晴らしいとか、互いの装飾品やドレスを褒めたところで、レイツェルを囲んでいた一人の令嬢がこれまたよくある「噂話」を始めた。

 噂好きの女性が一人でもいると起こる事であり、レイツェルも皆に倣って耳を傾ける。


「第二皇子殿下、実は想い人がいらっしゃるみたい」


「あら、そうなの?」


「ほら、事情があって婚約は破棄されたでしょう? 私の従姉妹があわよくば次の婚約者になろうと粉をかけたらしいの」


 傷心中の第二皇子ならば狙えるかもしれないと、令嬢の従姉妹は夜会で声をかけたらしい。

 恐らく、手負いの動物を狩る心理なのだろう。傷ついている時に優しくされると、確かに心は動きやいものだ。


「すごい行動力ねぇ。それで?」


「シャトン伯爵令嬢の事はどうでも良いし、自分には本当に愛する人がいるからって……取り付く島もなかったみたい」


(……へぇ、そうだったんた。興味がないから、知らなかった)


 レイツェルが嫌いな話題、第二位は「恋愛」だ。

 他人が結ばれた、別れたなどの話にはまったく興味が湧かない。故に、この手の話題は基本的に微笑みながら聞き役に徹する事にしている。


「まぁ、そうだったの? 第二皇子と言えば、とっても凛々しくて素敵な方よね。そんな方に想われるなんて、羨ましいわ」


「本当ね。是非とも愛する人と結ばれてほしいわ」


 そう言って惚けた顔で夢を見る令嬢たちを横目に、レイツェルは第二皇子の姿を思い浮かべた。

 第二皇子の名は、クラベール・ジュアスプランドゥール。

 歳は、レイツェルと同い年。瞳の色はアルギュロスと同じ若葉色だが、輝く金髪に凛とした顔立ちは正反対だ。頭を動かすより剣術の方が好きだと豪語しているだけあり、体つきは逞しい印象がある。


(そう言えば……あまり姿を見ないわね)


 第二皇子のクラベールとレイツェルは、これと言って仲が良い訳ではない。

 城での皇太子妃教育の時も、アルギュロスの顔は嫌というほど見たが、クラベールは遠目でしか見かけた事がなかった。

 それでも皇族の行事の際には顔を合わせるので、挨拶を交わした事は何度かある。その時は軽い世間話をした気もするが、よく覚えていない。


(アルギュロス殿下に腹が立った事は思い出せるけど、クラベール殿下との会話はまったく思い出せないわ)


 己の記憶力の原動力がアルギュロスに対する怒りという事実に些か不安になるが、レイツェルとしては特に困った事は起きていない。ならば良いかと、未だに第二皇子について話す令嬢達へと意識を向けた。


「私は断然、皇太子殿下派だわ。レイツェル様が、本当に羨ましい。殿下はレイツェル様をとっても大事にされていますもの」


「分かります。レイツェル様、愛されてますよね」


 どうやら、話題は第二皇子から皇太子になったらしい。きゃっきゃっと騒ぐ彼女たちに、レイツェルは淑女としては完璧な笑顔を浮かべた。


「そんな風に言われると、何だか恥ずかしいわ。でも、殿下にはいつも支えていただいて、本当に感謝しておりますの」


 ――嘘である。

 仮に感謝をしているとしても、小指の爪程度だ。そして何より、レイツェルが嫌いな話題、堂々の第一位は「アルギュロス」だ。

 彼の婚約者である限り避けられない話題だが、「私達の仲は良好です」と肯定するのに己の中の何かが削れる気がした。現に今も、笑顔を保った頬の筋肉がピクピクと痙攣している。


「皆様。我が家の庭はもうご覧になりましたか?」


 すると、挨拶回りから戻って来たスーリが、機転を利かせて話題を変えた。「せっかくですから、是非ともご覧になって」と促すスーリの言葉に、令嬢たちもそれもそうだと散り散りになる。


「……顔、引き攣ってたわよ? 嫌な話題でも出された?」


「そんな事はないわ。ただ……皆、皇太子に夢を見てるなって思っただけ」


 スーリと二人になり、レイツェルは肩の力を抜いた。流石は付き合いが長いだけあり、レイツェルの異変に気付いたようだ。


「ふふ。そりゃぁ、憧れの皇子様だもの。夢くらい見るわよ。それより、一人になりたいなら庭園の奥にある東屋がオススメよ」


「ありがとう。そう言えば、今日は片割れはいないの?」


 片割れというのは、スーリの双子の兄の事だ。

 お茶会には関係ないが、いつもならお菓子をつまみに顔を出すのに今日はいない。


「あぁ、誰かは分からないけど……お客様が訪ねて来てるみたい」


「お客?」


「私はお茶会の準備で忙しかったから、顔を見てないのよね。聞いても『気にするな』って教えてくれなかったし」


「そうなの……何だか怪しいわね」


「最近、騎士団に入ったからその関係者じゃないかしら?」


「そうかもしれないわね。じゃぁ、私は少し休ませてもらうわ」


 レイツェルはスーリに礼を言うと、東屋のある庭園の奥へと向かった。




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