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神は歪な愛を所望した  作者: 猫カ川遊子
第一部 レイツェル・オルヴァーリオ編
19/29

第19話 面の皮を厚くしろ



 案の定、調査結果は「原因不明」と処理された。

 事件性はないが念の為にと体の検査までされたレイツェルだったが、健康体で何よりと医者から太鼓判を押されただけで終わった。

 そして今、レイツェルは大きな問題に直面している。


(こういう場合、どの面下げて会えば良いの?)


 アルギュロスの執務室の前で、レイツェルはかれこれ五分ほど悩んでいた。

 言いたい事――主に謝罪――は沢山あるのに、怖気づいて足が進まない。散々傷つけた好きな相手に、平気な顔で会えるほど面の皮は厚くなかった。


「すーはー……うぅっ……」


 深呼吸を繰り返す度に唸るレイツェルに、扉の横に立っている警備の騎士たちも戸惑っている。


「レイツェル様。殿下をお呼びしましょうか?」


 一人の騎士が、おずおずと問うた。だが、レイツェルは首を横に振る。


「ごめんなさい。やっぱり、出直すわ」


 外の空気を吸って来ると、レイツェルは踵を返した。庭園で気持ちを落ち着かせたら、再び挑戦しようと考える。


(謝罪文でも持参した方が良いかしら?)


 ずんずんと、勇ましく庭園へと向かうレイツェル。しかし、内心は口頭が無理なら手紙を書くしかないと、謝罪方法について頭を悩ませていた。


「……はぁ」


 深い溜め息をついたところで、レイツェルは庭園の噴水前に置いてあった椅子に座る。水の音や吹き抜ける風が、心地よい。


(……あっ)


 不意に、小さな白い花が目についた。植えられたものというより、勝手に生えた雑草だろう。


(そう言えば、あの時も白い花を貰っていたわ)


 アルギュロスと婚約者として初めて顔を合わせた日、彼はレイツェルに小さな白い花を贈っている。あの時のレイツェルは深く考えなかったが、今の彼女は違う。


『もし本当に機会があれば、今度は白い花が良いです』


 これは、やり直す前のレイツェルが言った言葉である。

 アルギュロスは、覚えていたのだ。小さな白い花が好きだと言ったレイツェルの為に、わざわざ用意したのだろう。

 あの時の花は、残念ながら枯れてしまったので捨てられている。だが、自分好みの可愛らしい花だったので、記憶の中のレイツェルは枯れるまでそれを大事にしていた。


(今度は、私が頑張る番よね)


 レイツェルは白い花を摘むと、来た道を戻る。全力疾走とまではいかないが、必死に足を動かした。








「レイツェル様?」


 騎士たちは、戻って来たレイツェルに戸惑う。

 先程まで思い悩みながら去ったレイツェルが、すぐに戻って来たのだから無理もなかった。しかも、その手には雑草らしき白い花がある。


「殿下。レイツェルです。入ってもよろしいでしょうか?」


 レイツェルは騎士たちの視線を無視して、扉をノックした。と言うより、気にしたら負けだ。

 中からアルギュロスの返事が聞こえ、そっと扉を開ける。


「失礼します」


「今日は、交流会ではなかったはずだけれど……何かあった?」


 部屋の中に入って来たレイツェルに、アルギュロスは目を丸くさせた。持っていた書類を机に置き、彼はレイツェルへと近付く。


「……あ、の」


 アルギュロスを前にしたレイツェルは、言葉に詰まった。いざ本人を前にすると、胸がいっぱいで何も言えない。

 謝罪に来たのに、この心臓は空気を読まずに高鳴る。じわじわと、頬が熱を帯びてきた。


「その……」


 視線をさ迷せたレイツェルは、自分の手元にある白い花に目が止まる。そうだ、見惚れている場合ではない。

 レイツェルは己を叱咤するように軽く唇を噛み、アルギュロスに向き直った。


「アルギュロス殿下、大事なお話があります!」


「……大事な話?」


「はい。どうしても聞いていただきたくて……」


「レイツェル、落ちついて。ちゃんと聞くから、ゆっくり話してごらん」


 レイツェルを見る若葉色は、前も今もずっと変わらない。


「……っ」


 ――こんなに優しい人を何度も傷つけていたんだ。


 堪らなくなったレイツェルは、床に膝を着いて頭を下げる。まずは、誠心誠意で謝ろうと思った。


「申し訳ありません、アルギュロス殿下。今まで、本当にごめんなさい」


「待って、レイツェル。急に、どうしたの? とりあえず、床は冷たいから椅子に座りなよ」


 アルギュロスは驚いた表情を浮かべたが、すぐにレイツェルを気遣う。

 その気遣いが余計にレイツェルの罪悪感を刺激し、鼻の奥がツンとした。そして、堪えきれずポロポロとレイツェルの目から大粒の涙が勝手に落ちてしまう。


「すみませっ……」


「……泣くほど、僕との婚約が嫌だった?」


 アルギュロスは、眉を下げて問う。

 責めるというより、確認しているような口ぶりだ。


「君がそこまで追い詰められているのなら、僕も婚約の継続について考えよう。でも、もう少しだけ待ってほしい」


 以前のレイツェルは、彼が触れる度に苦虫を噛んだような表情を浮かべていた。

 そのせいか、今もアルギュロスは無遠慮にレイツェルに触れる事はなく、そっとハンカチを差し出し落ち着くまで言葉を待っている。


「嫌です。婚約は解消したくありません……」


 レイツェルは、思わずアルギュロスの手を掴んだ。

 懇願するように否定すると、アルギュロスは少しだけ安堵した様子を見せた。


「私はただ、アルギュロス殿下に申し訳なくて……」


「僕に申し訳ない? 僕は、君に何かされた記憶はないけれど……」


「私の為に、過去に戻ってくれたのに。いつも私を守ってくれていたのに。沢山、あなたを傷つけてしまいました……」


「んん?」


「ごめんなさい、殿下。でも私、自分勝手ですがあなたと婚約を解消したくありません……」


「ちょっと、待って。レイツェル、まさか『前回』の記憶が蘇ったの?」


 ギョッとするアルギュロスに、レイツェルは小さく頷く。そして、ぽつりぽつりとヘルレーゼとの事を打ち明けた。


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