1、転校生
転校生が来ることは予め知らされていた。
朝、鴨野先生は、その転校生について、こう説明をしたのだ。
「女の子だがな、これが頭いいんだ。音神高校から来たからかもな。この前の編入試験は、皆の中間テストと一緒の問題だったが、全て満点で通った」
その言葉に、私達はその顔も名も知らない彼女に賞賛の言葉を送る前に。
彼女に対し様々な期待をする前に。
「音神高校」というその言葉に、戦慄した。
「やばくね?」
昼休み。
いつものメンバー、池田と渡部と一緒にお弁当を食べていると、唐突に池田が言った。
「音神から、とか……俺、死んでもそいつと話したくねえ」
「それは、さすがに決めるのが早すぎると思う。音神にだって、ほら――まともな人は、きっといるはずだよ。変だったら変で、面白いかも」
「どうだか。勉強のしすぎで頭おかしくなってんじゃねえの。面白くないくらい」
「あーそうそう。案外音神で落ちこぼれて転校してきたのかもなー」
それでも止まらない池田の言葉に、渡部も乗っかる。
「やめなよ。その子に会ってもいないのに、言いすぎだよ」
「はっ。安藤は真面目だな」
馬鹿にしたような池田の声。
池田がここまで、音神のことが大嫌いだとは知らなかった。
音神高校――。
私たちの高校は、その近隣に存在する。
故に『彼ら』の噂は先輩達の口から沢山拝聴してきた。
いわく、音神の人間は奇人変人の寄り合いだとか。
いわく、音神の人間とはまともな会話ができないとか。
いわく、音神の人間には――近づいてはいけない、とか。
実際、音神と他校のトラブルは耐えないらしく、それについてはたまに行われる朝礼や、何らかの休み前の式で、校長の口から、その一言で持って伝えられる。
『音神高校の生徒には、くれぐれも気をつけるように』
全国有数の進学校と名高い音神だが、近隣からはまるで不良校のように扱われている。実際、受験生も他県からの方が多いようだ。まあ……仕方ないだろう。
「テニス部ってさ、たまに近隣校との交流試合組むわけ。で、俺らが入る前だから、一昨年くらいかな? その時の相手が音神だったんだってさ」
いきなり、渡部がそんなことを言った。
「何でお前がそんなことを知ってんだ? テニス部じゃないだろ?」
「部活にテニス部と兼部している先輩がいるんだよ。まあ聞け」
池田の問いかけをあっさりと御して、渡部の話は続く。
「で、交流試合の時、連中に会ったんだ、先輩。まあ、お察しの通り変な奴らばっかりだったんだけど――それ以上に、強かったってさ」
「強かった?」
私と池田の声が重なる。
「ああ。全員、7−2で負けた。ダブルスもシングルスも」
「……何それ。音神の人が図って、皆同じになるようにしたとか、言うつもりなの?」
「言うつもりだよ。その試合の後、そこのキャプテンが、その時のテニス部のキャプテンに向かって『揃えるのは大変でした』って言ったらしい」
揃えるのは大変でした――。
何で、そんなことをしたのだろう。
池田も、私と同じ疑問を持ったようだ。
「は? 音神の奴ら、何でそんな無意味なことをしたんだ?」
「無意味なことを平然とできるから、変人だと思わないか」
渡部はそう返した。
「そんな奴らの心の中なんて、分からないと思わないか」
「……思う」
その言葉で納得したらしい。
「でも、もしその子が、運動部の人だったら、そのくらい強い可能性、あるよね」
「安藤はあくまで音神の弁護をしたいようだな。転校生、女子だからか?」
池田が言う。
いちいち言葉尻を捕える。ここまで来ると、音神に対してさっきの言葉通り本当に先入観を持ちすぎている、と思えてくる。
「でも、安藤のは一理ある。確かに、運動部の人間だったら。音神高校は、強豪の部が多いらしいし」
渡部がフォローしてくれた。
これには、2対1で自分以外の味方がいなくなったので池田は黙ってしまった。
そんな感じで――多大なる不安とほんの少しの期待が、私たちに降り積もる。