43.天子の決断
初平4年(193年)12月 司隷 河南尹 洛陽
反乱の鎮圧完了を祝う宴席で、俺の前にでっかい鳥が降り立った。
それはまるで伝説の鳳凰のようで、俺に竹の枝を残すと、天高く飛び去っていったのだ。
それを見ていた者たちが戸惑う中、賈詡がポツリとつぶやいた。
「あれはひょっとして、瑞兆?」
「ず、瑞兆だと?……たしかにあれは、鳳凰のようだったが……」
「なるほど、反乱が鎮圧されたので、天がそれを嘉したということか」
「いや、しかし……なぜ孫堅将軍なのだ? それではまるで……」
「孫堅将軍は、今回最大の功労者じゃ。それを認めてくれたのであろう」
「はたしてそうか?」
そんな囁きが、さざなみのように広がっていく。
しかし俺自身、あまりに予想外なことに戸惑っていた。
そこで俺は、少し考えてそれを丸投げすることにした。
「劉協陛下」
「う、うむ」
俺は立ち上がると劉協の前へ行き、そこで膝を折って竹の枝を差し出した。
「どうやら天が我らの反乱鎮圧を祝し、鳳凰をつかわしてくれたようです。この竹の枝は、まさに陛下が持つにふさわしいかと」
「……う、うむ。朕も見ておったぞ。まさか鳳凰をこの目で見られようとはな。その枝は、ありがたくいただいておこう」
「はは」
俺はそばにいた侍従に竹の枝を渡すと、何もなかったかのように席へ戻った。
よし、証拠は処分した。
あんなもの持っていたら、叛意があるのかと勘ぐられるじゃないか。
俺はこの後、適当に仕事を片づけたら、故郷へ帰ってのんびりするのだ。
その後は不自然なほどはしゃいで、無害をアピールしておいた。
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しかしそんなやり方で、事態が収まるはずもない。
「聞きましたよ、孫堅さま。鳳凰に竹の枝を授けられたそうですね」
「周瑜。誰に聞いたんだ?……いや、聞くまでもないか」
「ええ、私です」
その日の夜、周瑜と賈詡が連れ立って、俺の部屋を訪れた。
彼らは俺の前に座ると、面白そうな顔で話を始める。
「鳳凰といえば、瑞兆に違いないでしょうね。そしてあえて孫堅さまに、竹の枝を授けた。これは天が孫堅さまに、中華を治めろと言っているのではありませんか?」
「ええ、昼間の状況は、そのようにしか見えませんでしたね」
「待て待て。あれはたまたま、俺の前に来ただけだって。それは天が漢王朝を認めたってことであって、断じて俺じゃない」
我ながら苦しいと思いながらも、必死に弁解を試みる。
しかし周瑜は涼しい顔で、話を続ける。
「そのような話、誰も信じませんよ。他の人間ならいざ知らず、反乱鎮圧に最大の貢献を果たした孫堅さまこそが、瑞兆の対象だと思うでしょうね」
「むう……だよなぁ。だけど俺はそんなの、これっぽっちも欲しくないんだ。可能であれば、今すぐにでも故郷に帰りたいと思ってるんだぜ」
そう言ったものの、賈詡は深刻な顔で指摘する。
「孫堅さまにそのような野心がないのは、我らも知るところです。しかし宮廷の一部には、危ぶむ者も多いでしょう。いずれ孫堅さまが、帝位を簒奪するのではないか、と」
「……ああ、俺もそれはあると思ってる。即興で枝を陛下に押しつけはしたが、それだけでは済まないだろうな」
「でしょうね。ほとんどの者は、今の漢朝が孫堅さま抜きで成り立たないことを、理解しているでしょう。しかし逆にその力を削ごうと、誹謗する者が出てくるかもしれない」
すると周瑜は別の可能性を指摘する。
「それだけではありませんよ。無責任に騒ぎをあおり立てて、混乱を起こすかもしれないし、逆に孫堅さまをかつぎ出して、簒奪をそそのかす場合だって考えられます」
「だよな~。くっそ、あの鳥め。なんで俺んとこ来たんだよ」
俺が頭を抱えていると、賈詡は意外なことを言いだした。
「フフフ。たしかに不安は尽きませんが、意外なところから突破口が開けるかもしれませんよ」
「あ? それはなんだよ?」
「劉協陛下ですよ。孫堅さまから枝を渡されて、ひどく戸惑っておりました。しかし途中から、何かを決心したようなお顔に変わったのです」
「決心って、何を?」
「さあ? それは陛下に訊ねるしかありませんが、あまり悪いことではないと思います」
すると周瑜が、賈詡の意図を察したのか、悪い顔で口をはさむ。
「それはひょっとして、あれですか?」
「ええ、あれではないかと」
「フフフ、これはまた、おもしろくなってきましたね」
「ええ、そうかもしれませんね」
さすがに俺も、2人の言うことに予測はついたが、それはそれで面倒だなと思っていた。
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初平4年(193年)12月 司隷 河南尹 洛陽
そんなやり取りをした翌日、案の定、皇帝の密使がやってきた。
「孫堅さまに、至急、参内せよと?」
「ああ、大事な話があるらしい」
「ふむ、おそらく大丈夫とは思いますが、暗殺への備えはしておくべきでしょうね」
「ああ、やばかったら、なんとか逃げてくるから、こっちも準備しておいてくれ」
「かしこまりました」
賈詡と周瑜に後のことを頼むと、俺は護衛の孫河を連れて参内した。
幸いにも怪しい雰囲気はなく、スムーズに宮中に入ることはできた。
そして人目をはばかるように案内された先には、皇帝 劉協が待っていた。
「急に呼び出して悪かったな、孫堅」
「いえ、陛下のお召しとあれば、何をおいても駆けつけます」
「そうか。まずは座ってくれ。茶でも飲みながら、話そう」
「はっ」
劉協に対面の席を示されたので、ちょっと遠慮がちに座ると、お付きの者が茶を出してくれた。
そして劉協が目配せをすると、俺以外の人間は外へ出る。
「しばらく人は入ってこないから、楽にしてくれ」
「は、はあ……」
第28代皇帝 劉協。
年齢は数えで13にしか過ぎないが、史実でも言われてるように聡明そうで、あまり子供らしくない人物だ。
そんな彼に見つめられて、俺が窮屈そうにしていると、劉協が話しはじめた。
「昨日の宴は楽しかったな」
「……ええ、そうでしたね。天気は良かったし、食べ物もおいしかったです」
「ああ、珍しいものも見れたしな」
「ええ、あれは驚きました。あれってやっぱり、鳳凰なんですかね」
「うむ、伝説に聞く姿にそっくりだったな。おそらくあれが、鳳凰なのであろう」
「ですよね~」
適当に話を合わせて話題を変えようと思ったのだが、劉協がそのまま口をつぐみ、しばし居心地の悪い空気が流れる。
彼は何か迷っているようであったが、やがて懐から竹の枝を取り出した。
「昨日、もらったこれだがな」
「はい」
「やはり朕のものではないと思うのだ」
「え、でもそれは――」
「あの鳥は、明らかにこれを、その方に預けていった。つまり孫堅。そなたのものよ」
「いやいや、そんなことないでしょう。俺がもらっても、どうしようもないし」
すると劉協がおかしそうに笑った。
「フッ、その方は欲がないな。あれだけのことを為しておきながら、少しも驕るところがない」
「はあ、恐縮です」
「うむ、しかし人にはそれぞれ、役目があるだろう。それを頑なに拒否するというのは、あまり感心せぬな」
「どういう意味でしょうか?」
俺が訝しげに問うと、劉協は大きく息を吸ってから、それを口に出した。
「朕は帝位を、その方に譲りたいと思う。新しい国を作ってはくれんか?」




