35.雌伏のとき
初平4年(193年)1月 兗州 陳留郡 陳留
陳留で曹操たちを打ち破ったと思ったら、皇甫嵩の主力軍が敗走したとの凶報がもたらされた。
「くっそ。どうせ味方の裏切りでやられたんだろうな。さすがの賈詡にも、防げなかったか……」
「主力軍は大所帯ですし、敵も巧妙だったのでしょうね」
「ああ、そうなんだろうな」
周喩が言うとおり、今回は敵にしてやられたということなのだろう。
味方を疑うというのは、なかなか難しいしな。
俺は気を取り直して、伝令に問う。
「それで酸棗の敵軍の動きは?」
「主力軍を追っていますが、一部は南下の動きを見せているようです」
「チッ……まあ、そう来るよな。仕方ない、俺たちも撤退するぞ」
「……やむを得ないでしょうね。大至急、伝令を出します」
「ああ、頼む」
先ほどまで浮かれていた雰囲気が、一気に冷めてしまった。
ある程度、覚悟していたとはいえ、こうもあっさりひっくり返されると、けっこうへこむな。
それにしても、皇甫嵩にはあえて賈詡を付けたのに、機能しなかったか。
どんなに優秀な参謀も、将軍との信頼関係がなければ意味をなさないってことだな。
これは俺にも責任がある。
今後の教訓としよう。
しかしそれよりも、今は撤退が最優先だ。
どこまで犠牲を抑えられることやら……
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初平4年(193年)2月 司隷 河南尹 滎陽
陳留から撤退した我が軍は、ほぼ損害もなく滎陽まで後退できた。
北側からの牽制を担っていた公孫瓚も、ほどなく戻ってきている。
しかし問題は、皇甫嵩の主力軍だった。
「ほぼ1万の兵を失っただと?」
「はい、残りの半分も傷ついており、療養が必要です」
「ということは、2万しか残らないってことか……」
俺や公孫瓚の軍はほとんど損耗していないから、合わせて5万ほどいる。
しかし主力が半分以下に激減したことで、動けるのは約7万になってしまった。
敵は20万を超えるらしいので、ほぼ3分の1だ。
しかも敵は原武や陽武、開封などの都市を占領しており、さらなる増強もあるかもしれない。
「当面は防衛に徹して、後方で兵力を補充するしかないな」
「しかしそれには時間が掛かりますよ」
そんな話を周瑜としていたら、賈詡が悲壮な顔で部屋に入ってきて、いきなり頭を下げた。
「孫堅さま。今回はお役に立てず、申し訳ありませんでした」
「いや、皇甫嵩将軍に進言はしてくれたんだろう? それなら貴殿の責任ではないさ」
「しかし、私の力が足りないばかりに……」
「いや、将軍を連れかえってくれただけでも、十分だ。もしも彼を失っていたら、大損害だったからな」
「それは、そうですが……」
皇甫嵩は撤退時に無理をして、重傷を負っていた。
しかし賈詡の援軍によって、なんとか生還している。
彼ほどの武将を失っていれば、兵士の士気が落ちるのは必至なので、最悪の事態は避けられたといっていい。
とはいえ、事前に予測していた裏切りを防止できなかった自分に、申し訳なさを感じているのだろう。
俺はそんな彼の目を見つめながら、慰めた。
「貴殿は最善を尽くしたのだ。あまり気に病むな。将軍との信頼関係もないままに送り出した俺にも、責任はある。ここは今後の働きで取り返してくれ」
「……承知いたしました。この命、いかようにもお使いください」
「ああ、頼んだぞ」
ようやくふっきれたのか、賈詡の瞳に力が戻る。
そのことにホッとしながら、俺はさっそく課題を与えた。
「今も話していたのだが、当面は敵を防ぎつつ、戦力を充実させねばならん。何か妙案はないか?」
「…………それであれば、騎兵で敵を撹乱してはいかがでしょうか?」
「騎兵で撹乱か……しかし圧倒的に多い敵に向かわせるのはな……」
「もちろん正面から当たるのではなく、足止めを目的とします。例えば――」
賈詡の提案は、騎兵の機動力を利用して、敵の足止めと補給線の遮断を狙うものだ。
しかも彼の場合は、この河南尹東部の地理を、よく理解したうえでの提案だった。
そのためかなり実現性は高そうだが、問題もあった。
「ふ~む、なかなかよさそうではあるが、敵の情報はどうする? そう簡単に敵の情報が知れるとは、思えんがな」
「はい、それはたしかにそうですが、偵察兵を多く放てば、補えるでしょう」
「ふ~む……」
たしかに偵察を多く出せば、それなりに情報は集まるが、大した範囲をまかなえるとは思えない。
もうひとつ工夫が欲しいと思っていると、周瑜から提案があった。
「それならば東部の都市に密偵を放ち、伝書バトで連絡を取りましょう。こんなこともあろうかと、ハトの育成は進めてあります」
「伝書バト、と言われますと、董卓さまの暗殺時に使われたという?」
「ええ、そうです。あれならば馬よりもよほど早く、情報をやり取りできますから」
「それはすばらしい。ぜひご協力をお願いしたい」
「もちろんです」
なにやら周瑜と賈詡が、急に意気投合しはじめた。
2人とも並外れた頭脳の持ち主なので、話が噛み合えば、こんなものなのだろう。
「ふむ、敵の撹乱の方は、それでなんとかやるとして、問題は兵の補充だな」
「それならば、南陽郡で徴兵を進めております。張紘どのや呉景どのが、がんばっておりますからな。近日中に1万や2万は増強できるでしょう」
そう答えたのは黄忠だ。
俺が指示するまでもなく、後背地の南陽と連絡を取ってくれたらしい。
なぜならこの時の南陽郡といえば、味方の領地の中では最大級の大人口地帯なのだ。
その数およそ240万人と、司隷全体(280万人)に迫るほどである。
しかも荊州は俺の支配下で、豪族の抱える私有民の把握も進んでいる。
つまりこの中華全土で、最も徴兵がしやすい土地なのだ。
「そうか。張紘なら上手くやってくれそうだな。訓練の方は、黄忠に頼むぞ」
「フハハ、お任せあれ」
どうやら兵の手当ても、なんとかなりそうだ。
それに安堵した俺は、改めて号令を掛ける。
「よし、今回は反乱軍にしてやられたが、俺たちはまだ戦える。ここからは粘りづよく戦って、状況をひっくり返してやろうじゃないか」
「「「はいっ」」」
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初平4年(193年)4月 司隷 河南尹 滎陽
その後の抗戦はそれなりに苦労したが、まあ思いどおりに進んだ。
まず周瑜と賈詡で諜報網を張り巡らせると、徹底的な嫌がらせをしてやった。
手頃な小部隊が出てくれば、騎兵隊でそれを叩き、逆に大部隊が出てくれば、籠城戦に持ちこむ。
そのうえで補給線を遮断してやると、面白いように敵は乱れた。
そこをまた騎兵隊で叩くことで、少なくない戦果を上げている。
こんなことができるのも、周瑜たちの諜報網のおかげだ。
敵の支配地域の情報も、一般人を装って潜りこんだ密偵が、伝書バトで情報を知らせてくれる。
それをすばやくまとめて、作戦を立てるのが周瑜と賈詡だ。
元々、周瑜だけでも助かっていたが、経験豊富な賈詡が加わったため、作戦に深みが出ている。
数えで18歳の周瑜に対し47歳の賈詡と、親子ほどに年は違うが、なかなか上手く噛み合っていた。
おかげで貴重な時間を稼ぐ一方で、官軍の増強も順調だった。
主に南陽郡からの徴兵で、3万もの兵士をまかない、最低限の訓練も終えている。
事ここに至って、俺は反抗作戦を提案する。
「そろそろ敵に一矢、報いたいところだな?」
「いいですね。どこを狙いますか?」
「まずは巻城を奪還してから、原武と陽武だな。そのためには陽動として、揚州の程普にも動いてもらおう」
「ほほう、それは大掛かりですな。しかし勝算はありましょうや?」
「そこはお前たちの、腕の見せどころだろう?」
「フフフ、これはまた人使いの荒い」
仲間たちに提案を持ちかければ、彼らも決して否定はしない。
彼らなりに、雪辱の機会を求めているからだ。
そして今度は俺が大将として、全軍の指揮を執ることになる。
待ってろよ、反乱軍ども。




