34.陳留の戦い (地図あり)
初平4年(193年)1月 司隷 河南尹 開封
俺たちが陳留郡へ向けて進軍していると、程普が寿春を取り返したという朗報が入ってきた。
あいにくと袁術にはまた逃げられたらしいが、彼らは想像以上に良い働きをしてくれた。
これも将軍位を送った成果かもな。
今後、程普たちには揚州の防衛に努めてもらい、場合によっては徐州や豫州へ圧力を掛けてもらう予定だ。
それだけで反乱軍の一部を拘束できるのだから、十分に助かるというものだ。
そして俺たちも兗州を攻めるべく、開封付近に布陣した。
「陳留県にはおよそ3万の兵が集結していると思われます。ただし、敵の主力はあくまで酸棗にあると思われ、おそらく10万ほどの兵が集結しているかと」
「ふむ、陳留の兵力は、こちらとほぼ同等か。騎兵の数はどうかな?」
「そうですねえ。騎兵はほとんど見られていないので、いても千かそこいらでしょう」
「そうなると、酸棗の方に集められているのかな?」
「ええ、その可能性はありますね」
「ふむ、大丈夫かな」
周瑜から偵察の報告を聞いていると、気になる情報があった。
こちらにほとんど騎兵がいないとなると、酸棗の方に集められている可能性が高い。
敵は幽州という騎兵の産地を押さえているだけあって、その戦力はあなどれない。
もっとも、こちらにも涼州騎兵がいるし、公孫瓚もけっこうな騎兵戦力を持っている。
一概にこちらが不利とはいえない状況だ。
そして俺たち孫堅軍団は今、河南尹の開封に布陣している。
さらに皇甫嵩の主力軍は巻から、公孫瓚は河内郡の方から、それぞれ兗州をうかがっていた。
対する反乱軍は、兗州は陳留郡の酸棗と陳留に兵を集め、やはりこちらをうかがっている。
両軍合わせて20万を超える大軍が、一触即発の状態で緊張を高めているのだ。
そんな中、準備を整えた俺は、一気に陳留県へ押し出した。
すると敵も出てきたので、俺たちは陳留県の手前で対陣することとなる。
「敵は曹操に張邈、張超といったところか。2年前の罪人どもが、堂々と復活してやがるな」
「ええ、ほとんどの者の処罰が、うやむやになってしまいましたからね」
敵の旗から、曹操に張邈、張超が主将であることが分かる。
それぞれ2年前の蜂起で敗退した奴らだが、名士連中の助命嘆願により、命をつないでいた。
そんな奴らが、こりもせずに参戦しているのだ。
まったくもう、笑うしかない。
「それなら2度と刃向かえないよう、引導を渡してやろうじゃないか」
「ええ、そうしましょう」
「よし、進軍開始!」
俺の号令に従って、前面の歩兵たちが進軍を始める。
すぐに敵も動きだし、やがて双方から矢が放たれた。
それぞれ盾で防いでいるため、大きな被害はないが、あちこちから悲鳴も上がっている。
そんな我慢比べをしながらも進軍を続け、とうとう歩兵同士がぶつかり合った。
兵士は矛や戟を振り下ろしたり、突き出したりして、互いを傷つける。
戦場には怒号と悲鳴、そして血しぶきがあふれ、凄惨な状況を作り出していた。
そんな光景を見ながら俺は、またもやソンケンを押さえ込むのに苦労していた。
俺の中のバトルジャンキーが、今にも飛び出しそうになっている。
そんな衝動をなんとかこらえていると、俺のそばにいる孫策と周瑜が、息を呑んでいた。
「本格的な戦を見た感想はどうだ?」
「……な、なんかすげえとしか言えないです。俺もあの中に加わって、戦ってみてえ」
孫策は緊張しつつも、戦場の空気に興奮しているようだ。
これほど大規模な戦闘を目の辺りにするのは、今回が初めてだからだ。
そろそろ本格的に育てようと思ってのことだが、戦の雰囲気に臆していないのはさすがである。
一方の周瑜も、少し青ざめながらも、子供らしからぬことを言う。
「実際に見てみると、悲惨なものですね。こうも簡単に人が傷つき、命が失われるなんて」
「そうだな。しかし相手に話を聞く気がないのなら、こうして戦うしかない。そのうえで散った命に、報いることができるかどうかは、俺たちしだいだ」
「……そうですね。命を失うことを悲しく思っても、そこで止まってはいけない。この中華を一刻も早く平和にするために、戦わねばなりませんね」
そんな話をしているうちに、周瑜が覚悟のきまった顔つきになってきた。
あまりにも聡い子なので、いろいろ迷うかとも思ったが、この分なら大丈夫だろう。
「ああ、そうだ。敵に足をすくわれないよう、頼んだぞ」
「はいっ!」
俺の頼みに、周瑜がはりきって答えてくれる。
何を言っているかというと、味方の切り崩し工作の防止である。
なにしろ今回の敵は、この漢朝を動かしていた名士どもの集まりだ。
その組織力、影響力は計り知れず、内部からの裏切りが予測される。
そこで我が軍の諜報担当になっている周瑜に、味方の監視をお願いしていた。
今も続々と、彼の放った密偵から情報が入ってきている。
それには前線の状況だけでなく、味方の怪しい動きも含まれていた。
とはいえ、戦場の中で伝令からもたらされる情報など、たかが知れている。
しかし周瑜は、その断片的な情報から、着実に何かを見出していた。
「孫堅さま。右翼後方に、怪しい動きがあります。大至急、隊長を拘束してください」
「分かった。孫河、頼んだぞ」
「了解しました!」
20騎ほどの騎兵を率いて、孫河が飛び出していった。
はたして本物の裏切りなのか、そして制止は間に合うのか?
いろいろと不安はあるが、敵軍と殴り合いの真っ最中とあっては、じかに確認にもいけない。
膠着する戦況にジリジリしながら待っていると、やがて伝令がもたらされた。
「孫堅さま。怪しい動きをしていた兵士を、数人捕縛しました。孫河さまは部隊の指揮を引き継ぐとのことです」
「うむ、ご苦労だった。下がっていいぞ」
「はっ」
伝令を下がらせると、周瑜がホッとした顔をしているのが目に入った。
俺はそんな彼をねぎらう。
「よくやってくれたな、周瑜。おかげで事前に裏切りの芽はつめたようだ」
「ええ、お役に立てて光栄です。おそらくこれ以上の裏切りはないでしょうから、そろそろ決着をつけてはいかがでしょうか?」
「そうか。それならそうするとしよう。おい、騎兵隊に伝令を出すぞ」
「はっ」
俺は待機していた騎兵隊に向け、伝令を出した。
突撃する目標やタイミングなどの指示を伝えるためだ。
実をいうと涼州兵には優秀な騎兵隊がいるのだが、いままではそれを温存していた。
決定的なタイミングを測っていたのもあるが、何より味方の裏切りによる混乱が怖かったのだ。
その懸念がようやく取り払われたので、さっそく攻撃を掛ける。
俺は総攻撃の指示を、前線の歩兵部隊にも出すと、やがて戦況が動きだした。
意図的に左翼を下げて、敵を引きずりこもうと動いたのだ。
この辺は李傕を始めとする旧董卓閥の武将が、上手いこと動いてくれた。
彼らもなかなかの、戦巧者である。
やがて十分に敵を引きこんだところで、号令を掛けた。
「戦鼓を鳴らせ! 突撃だ!」
「はっ!」
ドンドンドンという音が戦場に響き渡り、しばらくすると、左翼のさらに左側から騎兵隊が現れた。
それはあらかじめ伏せておいた部隊で、こちらの合図で左翼を大きく迂回し、敵右翼の横腹に攻撃を掛けた。
その攻撃は敵の意表を突いたらしく、やがて敵の陣形が崩れる。
敵に混乱が広がる中で、再び戦鼓を鳴らすと、味方の全軍が逆襲に出た。
さすがにこの攻撃にはたまらず、しばらく後に敵が敗走しはじめる。
今回の野戦については、勝負あったと言えよう。
「どうやら勝ったようだな」
「ええ、お見事です」
「おめでとうございます、父上」
「フフフ、これも裏切りを防いでくれた、周瑜のおかげさ」
「やったな、周瑜」
「いえ、大したことはしていませんよ」
そんなやり取りを周瑜、孫策としていたら、あわただしく伝令が駆けこんできた。
「主力軍より伝令です!」
「何事だ? あわただしい」
「そ、それが、皇甫嵩さまの軍が壊滅し、敗走したらしいのです!」
「なんだとっ!」




