幕間: 反逆者の末路
俺の名は蔡瑁 徳珪。
襄陽蔡家の嫡男だ。
我が蔡家は荊州の名門であり、伯母上は元太尉の張温さまに嫁いでいるほどである。
そんな俺に、今度、荊州牧になる孫堅という男から声が掛かった。
初平元年(190年)のことだ。
ぜひ、荊州の建て直しに力を貸してほしいと言う。
他にも蒯良どのや蒯越どのにも声を掛けているらしい。
ふむ、荊州を治めるため、俺たちに声を掛けるのは正しい。
我らのような名家こそが、漢朝の政治の礎だからな。
聞けば孫堅は揚州出身の平民らしいが、長沙郡の太守まで務めた男だ。
しかも先日の反乱騒ぎではうまく立ち回り、董卓政権の存続に貢献したとか。
董卓なぞという田舎者に協力するのは気に入らないが、勝てば官軍であるのも事実。
実際にこの荊州の権力を握るのは彼なのだから、手を貸すにしくはないか。
な~に、どうせ力だけが自慢の武骨者よ。
いずれ我らの助けなしには、まともに仕事もできんくなるだろうよ。
そうと決まれば、仕官を了承して、準備をはじめるか。
「はじめまして、孫堅さま。蒯良 子柔と申します」
「蒯越 異度にございます」
「蔡瑁 徳珪と申します」
「うむ、貴殿らの助け、頼りにしているぞ」
こうして彼のところへ仕官したのはいいが、思っていたのとは少し違った。
なんと張紘や張昭、韓嵩といった文官や、程普、黄蓋、黄忠といった武官がいるではないか。
どの男たちもそれなりに優秀なようで、我らの存在感は思っていたよりも薄い。
「どうも、思っていたのとは違いますな、蒯越どの。孫堅さまの周囲には、意外に人材が揃っているようだ」
「うむ、おかげで我ら荊州閥の立場は、あまり高くない。もっとこう、腕を振るえると思ったのだがな」
「おまけに孫堅さまは、我ら豪族の力を削ごうとしておられる。今はまだ良いが、いずれはどうなることか」
「まあな。しかし我らがまじめに働いていれば、悪いようにはせんであろうよ」
「本当にそうであれば、よいのですがな」
やはり蒯越どのも、不満を感じているらしい。
孫堅さまは我らよりも、古参の臣を頼りにしているようだからな。
しかし問題はそれだけではない。
彼は富裕な豪族の土地や私有民を調べ上げて、税をむしり取ろうとしているのだ。
これは我らが、長年かけて築き上げてきた財産だというのに。
今のところは私有民の把握を優先させて、税は減免しているが、いずれどうなるか分からない。
たしかに州の建て直しには、徴税や徴兵の見直しが必要であろう。
しかしだからといって、我ら高貴な身分と、ただの平民を同列に扱ってもらっては困る。
孫堅さまは平民出身だから、その辺が分かっておられぬのだ。
まあ、今言っても取り合ってもらえそうにないから、いずれ機を見て進言するか。
そのためにも俺が使えることを、理解してもらおう。
どうですか~、俺って有能ですよ?
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なにやら洛陽で、董卓が暗殺されたらしい。
それで孫堅さまが慌てて出発したと思ったら、あっさりと騒動を鎮めてしまったとか。
う~む、相変わらず、凄まじい行動力よ。
やはり今後も、彼についていくしかないのだろうか?
そう考えていたら、なんと袁隗さまから、内応のお誘いがあった。
袁隗さまといえば、四世三公の汝南袁家を事実上まとめており、一時は太傅まで務めたお方だ。
その名声や権威は、孫堅などとは比べ物にならん。
この書状によれば、孫堅を殺すか捕らえるかすれば、洛陽で引き立ててくれるとある。
フハハ、俺もそろそろ荊州だけでは、物足りないと思っていたのだ。
あんな田舎者に使われるよりは、よほどやりがいがありそうだ。
しかし俺だけでは、孫堅をはめるには心許ない。
うむ、蒯良どのや蒯越どのを誘ってみよう。
きっと快く、話に乗ってくれるだろう。
「蒯越どの、蒯良どの。実は折り入って相談があります」
「む、何かな?」
「実はですな、汝南袁家の袁隗さまから、このような書状が」
「ふむふむ…………なんと! 孫堅を捕らえれば、栄達は思いのままであるか。これはなかなかに魅力的よのう」
「うむ、前々からあの山猿の下は、働きにくいと思っていたのだ。これは千載一遇の好機かもしれんな」
「やはりそうですか。では?」
「うむ、大至急、私兵を集めよう。そして他の豪族に反乱を起こさせて、孫堅を呼び寄せるのよ」
「フフフ、孫堅がどんな顔をするか、今から楽しみじゃのう」
こうして蒯越たちも仲間に加わり、我らは準備を進めた。
蔡家と蒯家で私兵を編成すると同時に、各地の豪族に反乱を促したのだ。
やはり豪族たちも、不安に思っていたのだろう。
続々と我らに呼応する者が現れた。
そして万全の準備を整え、孫堅を待ち伏せて、多数の兵でヤツを囲んでやったのだ。
てっきりこれで終わりかと思っていたのだが、そこまでは甘くなかった。
「うおお~っ! この孫堅 文台。簡単には討ちとられんぞ。てめえら、覚悟しやがれっ!」
孫堅は獣のような声を上げながら、暴れはじめた。
その暴力たるや凄まじいもので、ヤツが剣を振るたびに兵が倒れていく。
「矢を射てっ!」
「「「はっ」」」
げえっ、矢を切り払いおった。
しかも包囲網を振り払って、外へ逃れてしまう始末。
化け物か、ヤツは?
その後も追手を掛けるが、まんまと逃げられたと報告があった。
なにやら襄陽の民からも、妨害を受けたらしい。
おのれ愚民どもが、邪魔をしおって。
しかし凶報は、それだけにとどまらなかった。
「蔡瑁さま、孫堅の家族が、敵に奪われたそうです! さらに襄陽の街中で、不穏な気配が高まっております」
「ば、馬鹿な。人質もなしでは、対抗できんではないか…………やむを得ん。襄陽から撤退しよう」
「蔡瑁どの、しかしどこへ?」
「江夏に味方がいる。すでに夏口城は奪っているはずだから、なんとかなるだろう」
「そ、そうだな。荊州豪族の力を結集すれば、孫堅にも対抗できるかもしれん」
「そうと決まれば、一刻も早く脱出だ」
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こうして俺たちは、一族郎党を引き連れて、江夏郡へ逃れた。
無事に夏口城を占拠していた連中とも合流でき、我らは来たる決戦に備えたのだ。
しかしその兵力は2千5百ほどと、それほど多くはない。
「敵、孫堅の軍が接近中です。その数およそ5千!」
「む、さすがに多いな。しかし城を盾に戦えば、そう簡単に負けることはあるまい」
「うむ、そうだな。それに我らが健闘していると知れば、他の豪族も合流するかもしれない」
「ああ、そうだそうだ」
そう言って味方を鼓舞したが、はたして大丈夫だろうか?
敵は精強をもって知られる孫堅軍なのだ。
俺も一緒に練兵をしてきたから、その強さはよく知っている。
しかもあの孫堅が陣頭指揮を執るとしたら……
やはり嫌な予感は当たってしまった。
敵は最初、慎重な攻略に終始しており、陣内には安堵する雰囲気が広がった。
しかし攻略5日めにして、敵は豹変したのだ。
おそらく今までは、こちらの弱点を探っていたのだろう。
突如、烈火のような総攻撃が始まり、孫堅みずからが城壁に取りついてきた。
ヤツは我らの罠を食い破ったときのように、鬼神のように暴れまわり、味方の傷口を広げていった。
そして気がついた時には、城門が内側から開け放たれ、敵軍がなだれ込んできたのだ。
ば、馬鹿な!
なんと非常識な戦い方だ。
おかげでこの場も、長くはもちそうにない。
かくなるうえは……
「孫堅さま、我々は決して、あなたが憎くて反逆したのではないのです。あまり豪族をないがしろにしていると、今回のような反乱が起こることを、お伝えしたかったのです」
「そうですぞ。この国を動かしているのは、我ら名士なのです。しかし孫堅さまは、平民に肩入れしすぎる。それをお諌めしたかったのです」
「それに加えて、我らが煽動したことにより、多くの反乱分子があぶり出されました。それこそが我らの狙いだったのです」
敵軍に降伏した我々は、孫堅の前に引き出されると、必死に弁解した。
我ながら苦しい言い訳だとは思うが、背に腹は代えられん。
それについこの間まで、一緒に働いていたのだ。
そう悪いようにはせんだろう。
しかし孫堅は隣の周瑜と顔を見合わせると、呆れたように言った。
「お前らなぁ。俺のこと、気に入らねえって言ってたじゃねえか。”下賤の出のくせに、えらそうにしやがって”とか、”庶民に媚びを売ってる”とかな。そのうえでお前らを信じろって、無理があり過ぎだろう」
「そうですね。私には名家の誇りはないのか、とも言われました。あなたたちの価値観は、ようく分かったつもりですよ」
そう言う周瑜の目は、ゴミでも見るかのように冷たい。
いかん、このままでは殺されてしまう。
「い、いや、だからあれは演技であってですな、本音は今もこうして、孫堅さまを慕っているのです。どうか、どうかもう一度、機会をいただけませんか!」
「そうです! この蒯越、今まで以上に働いてみせますぞ」
「私もです! 我らと共に、この荊州をさらに住みやすい場所にしましょう」
すると孫堅は、腕を組んで考えるそぶりを見せた。
こ、これはひょっとして、可能性があるか?
ククク、まったく甘い男よ。
しかしヤツの口から出てきた言葉は、期待にはほど遠いものだった。
「ダメだな。お前らはどうしても許せないことをやった。その罪は命で償ってもらう。もちろん、お前らの親類は3族まで皆殺しだ」
「そんな馬鹿な!」
「お、お考え直しを!」
「ひい~~、死ぬのは嫌だ~!」
くそっ、やはりそんな甘い話はなかったか。
おまけに俺の判断まちがいで、名門蔡家を滅ぼしてしまうとは、なんと情けない。
む、無念だ。




