2.孫堅、役人になる
建寧4年(171年)4月 揚州 呉郡 冨春
グッドモーニング、エブリバディ。
孫堅クンだよ。
銭唐への道中で海賊に遭遇した俺は、鮮烈の戦闘デビューを飾った。
それも包丁1本で海賊の1人を討ち取るという、血まみれの戦闘をだ。
おかげで海賊の襲撃を免れた人には感謝されたし、役人からもお褒めの言葉をいただいた。
しかし当然ながら、親父や兄貴からはめっちゃ怒られた。
そりゃまあ、16歳の小僧がいきなり飛び出して、血まみれになって帰ってきたら驚くよな。
さんざん、”お前はおかしい”だのなんだの言われながら、商売を終えて家に帰ってきたら、今度はおふくろに泣かれた。
ワンワン泣きながら説教されるのは、キツかったなぁ。
サ~セン、次は自重しま~す。(努力目標)
その一方で、孫堅の体は絶好調だ。
海賊を殺した後、ふいに体の主導権を握ったのだが、ひと晩ねたら、さらに調子がいいのだ。
なんというか、精神が体に合わせて最適化されたって感じ?
ソンケンとの情報共有も万全になり、生活に戸惑うこともなくなった。
なんか不思議な感覚~。
いずれにしろ俺は、この危なっかしい孫堅の手綱を握りながら、激動の後漢末期を生き残るのだ。
そう決心していた。
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あれから1週間ほどしたら、富春の役所から呼び出しがあった。
一体なにかと思って出頭してみれば、俺を県尉の代理にしたいと言う。
どうやらこの間の海賊退治の噂が広まり、抜擢されたようだ。
ちょうど県尉の空きができそうなところに、有望な若者が登場したんで、使えるかどうか見てみようとなったらしい。
この県尉ってのは県の治安を司る役人で、警察署長みたいなものである。
瓜売りのド貧民からすれば名誉なことなんで、トントン拍子に話は進んだ。
ていうかぶっちゃけ、これは史実に沿った話なんだな。
なので俺は素直に職につき、バリバリと仕事をこなした。
おかげで富春の治安は良くなり、やがて代理から正式な県尉へと出世する。
そこで俺は、かねてからの計画を実行することにしたのだ。
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建寧4年(171年)10月 揚州 呉郡 銭唐
「よう、呉景。久しぶりだな」
「あっ、孫堅さん。お久しぶりです。なんか富春で、役人になったらしいですね」
「おう、今じゃ正式な県尉だぜ。ちょっとガラじゃないけどな」
「ですよね? ついこの間まで、一緒に悪さしてたのに」
「なんのことかな~?」
この呉景というのは、銭唐に住む悪ガキの1人で、俺の3つ年下だ。
たまに親父について銭唐に来た時に、一緒に遊んだりしていたのだ。
「ところで呉景。姉さんは元気か?」
「えっ、ええ、元気ですよ」
「そうかそうか。お前の姉さん、美人だよな~」
「ええまあ、そう言われますね」
「頭も良さそうだしな」
「……ええ、悪くはないと思いますね」
「だよな。そこでお前に頼みがあるんだ。俺に紹介してくれ」
「うええっ! マジですか?」
なんだこの野郎、大げさに驚きやがって。
俺は呉景の首に腕を回すと、猫なで声で頼む。
「頼むよ。いっぺん話したいと思ってたんだ」
「話すだけですか?」
「そりゃあ、あわよくばお友だちになってだな」
「失礼ながら、難しいと思いますよ。こう見えてうちは、それなりに名家ですからね」
「そんなの分かってるよ。だから紹介してくれるだけでいいって」
「いや、でも……」
「なんだよ。紹介してくれないんなら、この間の悪さ、ばらしちまうぞ」
「ちょ! 孫堅さんだって一緒にやったじゃないですか!」
「いいんだよ。俺は庶民だから」
「うぐぐ……」
結局、呉景は納得して、俺を姉さんに会わせてくれた。
気持ちよくな。(俺の主観)
「はじめまして、孫堅といいます。今、富春で県尉やってます」
「はじめまして。呉雨桐です。富春の県尉さんというと、例の海賊退治の?」
「ええ、そうです。よくご存じですね」
「ウフフ、それはもう、けっこうな噂になってましたから」
呉景の姉ちゃん、マジ美人。
こう、細面でキリッとしてるんだけど、どこか愛嬌のある魅力的な女性なんだよな。
そしてこの女性が、後の呉夫人になるのだ。
そう、孫策と孫権の母親でもあるんだぜ。
つまり彼女は俺の嫁になるのが決まってるんだから、アタックしない理由がない。
しかし呉景が言ったように、うちと彼女の家の間には格差があるのも事実。
かたや瓜を売ってるド貧民に対し、呉家はこの辺では有名な名家だ。
彼女の両親はすでに他界しているものの、その親族なんかが目を光らせている。
ましてや呉雨桐といえば、近隣でも有名な才色兼備の麗人なのだ。
いろいろと口を挟まれるのは、目に見えていた。
しかしさっきから言ってるように、彼女は俺の嫁になるのが決まっているのだ。
つまり負けのない賭けみたいなもんで、俺は猛然とアタックを開始した。
それから2ヶ月の間、俺は暇を見つけては彼女に会いにいった。
もちろん仕事はしたが、田舎の県尉なんてそれほど忙しくない。
時によっては弟の孫静に詰め所の番を任せて、無理やり時間を作ったりもしたな。
もちろん孫静はブーブー言ってくるが、そこは金で済む話だ。
そしてその努力の甲斐あって、俺は呉雨桐とだいぶ仲良くなれた。
やっぱりマメな男は、持てるよな。
そこで覚悟を決めてプロポーズしたんだが、案の定、向こうの親戚がしゃしゃり出てきやがった。
「貴様のような山猿に、雨桐はやれん! 身の程を知れ、馬鹿者が」
「そうだ、我が呉家の娘を娶ろうなぞ、百年はやいわ! このろくでなしめ」
「それにあんた、なんか軽薄そうよね。雨桐ちゃんの将来が心配だわ」
ひでえ言われようだ。
たしかにうちは貧乏だけど、俺は県尉だぞ。
それをこうまでこき下ろすとは、何様のつもりだってえの。
しかし俺にも味方はいた。
「孫堅さんはこの若さで、正式な県尉になったんですよ。おそらくこの先も出世するから、そう不釣り合いとは思いませんが」
「そうですよ、叔父さんたち。それに1人の女を惜しんで、官吏の恨みを買うのは得策ではありません。仮に私が不幸になるとしても、それは運命として受け入れますわ」
なんと、呉景と姉ちゃんが味方してくれたのだ。
呉景なんか、最初いやそうにしてたのに、どういう風の吹き回しだろうか。
俺がちょっと驚いていると、雨桐がこちらを見て、意味ありげに微笑んだ。
あ~、姉ちゃんに説得されたのか。
つまり姉ちゃんは結婚する気、満々ってわけね。
それを見た親戚たちは、大慌てだ。
「ななな、何を言うんだ、雨桐。お前にはもっと、良い嫁ぎ先をだな」
「そうよ、こんな山猿みたいな男と結婚なんて、もったいないわ。考え直しなさい」
しかし雨桐は澄ましたもので、最後通告を突きつける。
「私がいいと言っているのですから、よいではありませんか。何年か後に叔父さんたちは、この時の決断を誇りに思うかもしれませんわよ」
「雨桐ちゃん、考え直して~」
その後も親戚の説得は続いたが、結局は雨桐が押しきった。
そして俺は、この世の天使を手に入れたのだ。
呉夫人の名前は残っていないので、勝手につけました。
なんか雨桐さんってのは、現代中国で人気の女性名のひとつだとか。