1.俺が孫堅だって? (地図あり)
お待たせしました。
孫堅パパの新たな物語の始まりです。
建寧4年(171年)4月 揚州 呉郡 冨春
ふと目覚めると、俺は見慣れない光景の中にいた。
そこはどこのボロ家かと思う屋内で、竹を編んだ寝台の上に、俺は寝ていたのだ。
それも掛け布団は薄っぺらいゴザだけという、実に暖かざらぬ環境である。
しかし空気は冷たくなく、それほど不快でもない。
そんな状況を、キョロキョロと見回している俺に、話しかける声があった。
「起きたのか、堅」
「うん、兄さん」
”誰だこいつ?”と思いながらも、俺の体は返事をしていた。
どうやら俺は堅と呼ばれる存在で、彼は兄貴らしい。
しかし俺の身に何が起きているのか、まだまだ分からない。
すると兄貴?は、ご機嫌そうに言葉を続ける。
「今日は父さんと一緒に、銭唐へ行くからな。そろそろ起きて、飯を食えよ」
「あ……うん、そうだったね。準備するよ」
相変わらず状況は不明なのだが、俺の体は勝手に動く。
まるで1人の体の中に、ふたつの意識があるかのようだ。
俺がいそいそと起きだして、粗末な朝食を取っていると、一組の男女が入ってきた。
「おう、堅。飯を食ったらすぐに出かけるぞ」
「う、うん。もうちょっと待って」
おそらく彼らは、俺の両親なのだろう。
兄を含め、みんな粗末な身なりをしているので、貧乏な家なんだと思う。
”本当に誰なんだよ~?”と思っていたら、彼らの名前が浮かんできた。
父親の名前は孫鍾で、母親は??、そして兄貴の名前は孫羌だ。
ちなみにまだ寝てる弟は、孫静である。
ん~、孫静?
そして俺が堅だから、孫堅?
…………
…………
それって、三国志の孫堅じゃねえかよっ!
どういうことだ、これは?!
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俺が孫堅になっていることに衝撃を受けながらも、体は動きつづける。
どうやら俺は、孫堅に憑依してるような状態らしい。
孫堅は飯を終えると、父親たちと共に出発した。
孫鍾は瓜を売る商売をしており、カゴに商品を詰めて、隣県である銭唐へ行く予定だった。
それを兄の孫羌と俺が、手伝ってるわけだな。
親父と兄貴が話してるのを聞きながら、俺は自分の状況を確認していく。
まず俺は三国志で有名な武将、孫堅に転生(憑依?)したらしい。
ちなみに今の俺は数えで16歳。
孫堅が世に出る前の年齢だ。
孫堅といえば、孫策や孫権の父親であり、自身も勇名をはせた群雄だ。
ほとんど後ろ盾もないような状況から成り上がり、黄巾党を討伐したり、あの董卓でさえ震え上がらせたという、剛の者である。
実は俺、孫策の小説をネットに投稿したことがあって、孫呉についてはちょっと詳しいのだ。
さすがに孫策ほどではないが、孫堅についても調べた。
たしか彼は海賊退治で名を上げて、役人に登用されるんだよな。
そして近くの反乱鎮圧でさらに武勲をかせいで、また出世するんだ。
やがて孫堅は、黄巾の乱や涼州の反乱の鎮圧でも活躍し、とうとう長沙郡の太守にまで成り上がる。
孫堅みたいな出自で郡太守になるのって、けっこう凄いと思う。
ただし彼はあくまで武力でのし上がった人間だから、強固な地盤は得られなかった。
この時代の支配者は中央官僚を輩出する名家や、土地を持つ豪族だからな。
そういう士大夫層を味方につけないと、真の地盤は得られない。
その後、反董卓連合に参加して活躍したものの、地盤の弱さは変わらない。
結局、袁術という名家のお坊っちゃんに、後ろ盾を頼まざるを得なかった。
挙句の果てに、袁術の指示で襄陽を攻略していたら、黄祖という武将に討ち取られてしまうんだ。
孫堅 文台、享年37歳、チーン。
いやいや、まだそうなると決まったわけじゃない。
そんなことをつらつら考えているうちに河に着き、そこから船に乗った。
船頭が操ってる、乗り合い船みたいなやつだな。
それで河を下っていたんだが、やがて異変が発生する。
「チッ、海賊だ。胡玉の野郎だな」
「マジかよ。揉めごとは困るぜ」
「俺もだって。少し様子を見るぞ」
そう言って船頭が岸辺に船を寄せ、停止した。
下流の方にはたしかに、海賊らしきヤツらが別の船を襲っていた。
まさにヒャッハーな状況で、遠目に血がほとばしっているのが目に入る。
そんな状況、誰でもお断りなはずなのだが、この孫堅はちょっと違った。
「親父、ちょっとあいつら、絞めてやろうぜ」
「馬鹿野郎! 何いってんだ、お前?」
「大丈夫だって」
そう言って孫堅は、ヒョイヒョイと船を降りると、下流の小高い場所まで走っていく。
そしてそこで手を振り回しながら、こう叫んだのだ。
「お~い! こっちだ~! 海賊に船が襲われてるぞ~っ!」
「チッ、役人か。野郎ども、ずらかるぞ!」
「「「おうっ!」」」
なんと孫堅クンの計略はあっさりと成功し、海賊は逃げはじめた。
普通ならこれでめでたしめでたしなのだが、この男はさらにひと味ちがう。
「待ちやがれ!」
「なんだてめえっ!」
何をトチ狂ったのか、孫堅クン。
瓜を切るための包丁を振り回しながら、海賊に立ち向かったのだ。
お前、やめろって。
マジで頭おかしいぞ。
しかし孫堅クンは、俺のいうことなんかお構いなしだ。
逃げ遅れた海賊の1人に斬りかかると、あっという間にその首筋をかき切った。
そしたら真っ赤な血潮が、ドピューですよ、ドピュー。
どひ~、なんてバイオレンスなスプラッター。
まるで映画みたいだって~の。
その時おれは、ふいに悟ったのだ。
”ああ、これが孫堅が世に出るきっかけになった、海賊退治ね” と。
そしてこうも思ったね。
”こいつ、マジでヤバイやつだ。こんなんじゃ命がいくつあっても、足りねえぞ” ってな。
実際に孫堅は、その命を賭け金にして、様々な戦いに身を投じていくのだ。
そして幸いにも彼は勝ち続けるのだが、それも襄陽で終わる。
それも袁術なんていう、後漢を崩壊に導いたクソ野郎の、使い走りとしてだ。
仮にそこで死ななかったとしても、彼に未来はあったのだろうか?
汝南袁家の威光をもってすれば、多少は生きのこる可能性はあったのかもしれない。
しかしそれが成功したとしても、従来の価値観に縛られた、不完全なものだったろう。
そして武勇のみを頼りにした孫堅は、いずれ使い潰されたに違いない。
そう思うと、俺の中に欲が湧いた。
ひょっとして俺が力を貸せば、孫堅により良い未来を見せられるんじゃないか?
歴史の知識と、未来の技術をもってすれば、孫堅を助けられるんじゃないか? ってな。
そう考えた途端、ズクンと心臓がうごめいた。
そして次の瞬間には、俺が体の主導権を握っていたのだ。
さっきまで俺は、孫堅の体に憑依してる感じだったのに、今度は逆にソンケンが憑依してるような感じだ。
そうか。
何者のしわざかは知らないが、俺に孫堅を助けろってことだな。
ならばやってやろうじゃないか。
この後漢末期の、サバイバル競争を。
以上、”それゆけ、孫堅クン!”の始まり始まり~。
本作は前作の”それゆけ、孫策クン!”のシリーズ物として構想しました。
ただし直接の因果関係はなく、前作と似たような主人公が、別の時代に転生するという設定です。
前作同様に正史をベースにしつつも、気楽な感じで読めるように心掛けます。
名前の呼び方も、字でなく姓名呼びが基本です。
ちなみに本作では孫堅の生年を156年としているため、海賊退治を16歳(正史では17歳)でやっています。
それから物語の舞台を紹介しておきましょう。
孫堅の故郷は、揚州は呉郡の富春になります。
まず揚州はここで
各郡の配置はこうなっています。
そして下の方にあるのが富春で、銭唐はその北東になります。
現代中国でいうと、杭州の周辺ですね。
地図データの提供元は、”もっと知りたい! 三国志”さま。
https://three-kingdoms.net/
ありがとうございます。