暗闇にてソエの思うこと
二人には、立ち並ぶ小屋の中で一番村の入り口に近いものがあてがわれた。見張り台の足元だ。
小屋には板張りの床の上に薄い藁布団と、衣服を入れる木箱があるのみである。食事は厨房で村の全員分を作って配り、風呂と手洗いは共用で村の一角にもうけられている。
暗闇の中で息を凝らしていると、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。一人ではない。男の鼾も聞こえてくる。入ってきたときには感じ取れなかったが、小さな土地の中に沢山の人間が生きているのがわかる。
ソエの荷物を点検しながら、ヤカフはこれもその内没収されるというようなことを漏らした。
ハンミーヤはここでなら生きるのに不自由しないと言いきったが、それは違うとここまで見て思う。
この村に閉じ込めて全てを奪うのだろう。
給仕をしていた二人の生気のない顔と片腕を思い出した。
フシエは両腕がないし、ヤカフも顔の右半分がないように、体の一部の過不足は珍しくもないが、もって産まれたものを無くすのには恐怖を感じる。
フシエは生まれつきだろう、とソエが思うのはその身のこなしと、母親も同じく両肩から先がなかったからである。
ソエの母は洗濯屋で稼ぎ、二人で小さいがここよりも広くて気持ちの良い部屋で暮らしていた。
桃色に光る白髪を受け継がせた父親は、ソエが一歳のときに病気で死んだ。
瞳の青緑色を受け継がせた母親もまた別の病気で、ソエが10歳のときに死んだ。
父の顔は覚えていないが、母や近所の人たちから整った顔をしていたと聞いた。母は美形だったとも思う。
「ノエ……」
不意にミンフが圧し殺した声で呼んだ。暗いので顔は見えず、ずっと繋いでいた手を握り直す。二人は一枚の布の下に身を寄せあって寝ていた。
「うん。どうした?」
「ん…………」
不安が手のひらから伝わってくる。ソエは反対の手をミンフの背中に回して、何か良いことがないか考えた。
「フシエはきっと良い人だと思う」
「ん……………」
「俺の母親に似てるだろ」
その言葉でミンフの心が僅かに和らいだようだった。自身の親のことも何もわからないミンフは、ソエが話す両親に憧れていた。
とはいえ、フシエを善人だと断じてしまうのは早計だったのではないか…………。
そう考えていたとき、数人の足音が聞こえた。
そして、二人のいる小屋の、外開きの扉が開く音。
被っている布越しに、入ってきた者がランプで部屋の中をぐるりと確認したのがわかる。
扉は閉められたが、まだ中にいる男たちの含み笑いが聞こえる。
天井の金具にランプを吊り下げ、さあ、「お楽しみ」の時間だ。
伸びてきた手が二人の掛けている布を掴み、その下の女に飛びかかることなく崩れ落ちた。
すかさずソエは残りの人数を確認する。二人。剥き出しの足めがけてミンフの髪を巻いた紐を叩きつける。一瞬で男たちは全身に毒が回り、叫ぶ間もなく絶命した。
数秒の間に死体が三つ出来上がり。もう少し時間がたつと、全身が紫色になる。
布にもミンフの髪を仕込んでいた。以前にも盗賊と戦った経験から、相手が油断して触るものを武器にする必要があると考えたからである。普段は髪を内側に畳んで背中の荷物に入れている。
最初に布を掴んだ男はヤカフだった。
薄暗い部屋の中で眼を剥き舌を吐き出している顔は先ほどと同一人物だとは思えないが、ヤカフの顔はわかりやすい。
ヤカフは片手によく手入れされている剣を握っていたが、股間はこれから鞘に収めるのだとでも言うように大きく前に張り出していた。
これを、ソエは自分の演技が上手く行ったから純朴な旅人を弄ぶために局部が出っ張ったのだろうと考えた。
実際は、十中八九こいつらは憲兵か何かの斥候だと確信しながらも、さっきの裸を見たことで取り敢えずヤってから考える、というヤカフの決意の現れである。
ソエは罵り言葉を吐きながらも、つい笑ってしまっていた。
「駄目じゃねぇかよ!クソ!」