素晴らしい歓迎
その繋がれている人間が身に纏っているのは、服というよりぼろ布だろう。首の縄は短く、木の根元から立ち上がることもできないだろう。
ソエとミンフに何か言おうとしたのだろうか。暗い口を開いて、訴えるような唸り声をあげた。
2人が怯えているらしいと察したハンミーヤは、優しい気持ちで説明にまわった。
「あれはね、悪いことをしたから罰で繋がれてるの。大人しくしてればああはならないからね。それに、ご飯は貰えてるのよ。他の村だともっと酷いでしょう?」
他の村だと?他の盗賊団だろうか……?
ハンミーヤに促され、足は村のより奥へと進んでいく。ミンフが痛いくらいソエの手を握りしめている。
死んでいるような村の中を通り、案内されたのは村の最奥、唯一立派な屋敷だった。平屋建てで、村が灰色一色なのに対して、この屋敷は黒い屋根に眩しい白色の壁をしている。
扉の前で番をしていた男が開けた入り口は、全てを飲み込む魔物の口だろうか。
いや、既に自分たちは舌の上をのこのこ歩いてきたのだ。
だから、後は魔物の歯をへし折るか喉を切り裂いてやるかである。
これだけははっきり運が良いと言える。
夕食の時間だった。
ハンミーヤの気まぐれによって、屋敷の広間での食事にソエとミンフの食卓も用意された。もちろん主たちとは質に差があったが、それでも温かい十分な食事である。
ソエはおかわりもした。ミンフは先ほどの罪人の姿が、まだ心に影を残していてさほど食べられなかった。
広間の中央を空けてコの字型に並べられた食卓には村の重要人物が勢揃いしていた。
ハンミーヤ。その隣の冷酷そうな大男が盗賊の首領であり、この村を作った張本人、コルハクー。背が高く体格も良い。村を統率するのに相応しい外見をしている。
コルハクーの右腕であるヤカフ。この男は若く軽薄に見えるが、実務能力に優れている。
そして魔法使いのタミーウン。この村を隠すのと抜け出すのを防ぐ結界を張っている。すごい魔力を持っていて、この男の魔法をくらったら意識が戻らなくなるかその場で死んでしまうかである。
そして父の手下である男たちの中でも地位が高い者が2人。
それから屋敷の外、村の男たちが29人。その内数人が街道の側で「仕事」をして、後は村で馬の世話や道具の手入れをしたりして過ごしている。
―――以上がハンミーヤの教えてくれた情報だ。娘の口の軽さにコルハクーは眉をひそめたようだったが、自分が初めて人を村に連れてきたことが嬉しくてたまらないハンミーヤが気付くことはなかった。
フシエはハンミーヤが食べている後ろでじっと立って控えていた。立っているだけである。
両腕がないので給仕は他の女がするのだが、その2人は察するに意図的に片腕を切断されていた。
広間に入ってすぐ、ソエの腰に下がっていた剣はヤカフに没収された。当然だろう。
「なんだこれ、軽くね?ハリボテじゃねぇか」
あまりに軽いのでヤカフは素っ頓狂な声をあげた。実際それは剣を模したただの棒で、殴れば人の骨にも負けるような代物である。
「へぇ、見た目だけでも強くしようと思って」
ヤカフは大声で笑い、偽の剣でソエの頭を小突いた。
「いらねぇだろ!そのツラがありゃ誰も寄ってこねぇよ」
「えへへ」
「あと、街道歩いてて急に森に入った二人組ってオメーらだろ。なんでそうした?」
やっぱり見られていた。ヤカフの腰にくっついている剣は本物だろう。
「へぇ、それはあの辺で盗賊が出るって聞いて、森の中なら見つからないと思って、そしたらお嬢さんに良いところがあるって教えてもらって、へぇ」
ヤカフは天井を仰いでまた笑った。
念のためソエの背中の荷物も改め―――服と調理道具と雑貨くらいで金目の物などない―――ミンフもマントの下に武器を隠していないか確認された。
ソエが懸念していることに、ミンフの意図しない殺人がある。
髪を固く結って気を付けていても、細かい髪の毛を落としてしまって、それがいつの間にか生物を殺してしまうこと。素手で素肌に触れられるのを拒否するのが不審に取られることなどがある。
ヤカフは手袋をした手でミンフのマントをぞんざいに振り、持ち主に返した。ソエが心から安堵したのを誰も気付かない。
「じゃあね、そこで服を脱ぐのよ。ここで暮らすんだから」
食器が片付けられたところで、出し抜けにハンミーヤが妙なことを言い出した。
「へっ?」
「これから暮らしていくのに、隠しごとがあったらいけないでしょ。だからまず裸を見せて、ちゃんとこの村に尽くしますって示すのよ」
今ここで全員を、ミンフとフシエと給仕以外全員を殺すことは?
無理だ。コルハクーの背後の壁には、厳つい武器たちがいつでも血を浴びられるようにと待ち構えている。
泣きそうなミンフの背中をさすっていると無邪気な娘の急かす声が飛ぶ。
ただミンフに申し訳ないと思いながら、ソエは広間の中央へ進み、もたもたと身に纏っているものを脱ぎ始めた。
とにかく自分が略奪者ではないと思われるように、ぎこちなく体を動かす。腕にひっかかるシャツを脱いで、スカートを踏みながら足から外す。その下のズボンを脱ごうとして、足がもつれて下着姿で床にひっくり返る。どてーん。ハンミーヤの盛大な笑い声。ソエも精一杯口を横に広げて顔を作る。
ミンフも決心して服を脱ぎだした。
肌着姿になったソエにまたハンミーヤが言う。
「まだよ。肌着も脱がなきゃ」
ソエは自分のことは忘れて、ひたすらこの村の配置や屋敷の間取りに思考を巡らせながら肌着を剥ぎ取った。
ミンフも裸になった。
服を着ていても細い体は脱ぐといっそう細く華奢で、植物の茎を思わせる。
栄養失調で骨と皮だけになっているのではない。骨格が並の人間を縦に引っ張って引き伸ばしたような形になっている。
それに対して、とソエは思う。自分は贅肉ばかりだ。
震えているミンフの背中をまたさする。ミンフをこんな目に合わせているのは自分だ。
どのくらいその場で晒されていたのだろう。
下がるように命じられ、2人は服を手に抱えて広間を追い出された。